| 実は君が好きだったんだ |
「日野さんのどこが好きなの?」
転校してからよく聞かれた。
どこ、と答えられないほど全てにおいて好きなんだと返しても、はぐらかされてるようにしか聞こえないみたいで。
みんな肩をすくめて立ち去ってしまった。
本当のことなんだけどなあ。
「加地」
コツコツと靴音を響かせて、その声の主はやってきた。
「主役がこんなトコにいていいの、月森?」
「こんなトコでもないだろう」
月森と香穂さんの結婚披露宴、の二次会。
僕はなんとなく座った端っこの席で、皆の会話を聞きながらちびちびと飲んでいた。
「ひとつ、聞きたかったことがあるんだが」
「僕に答えられることだったら何でもどうぞ」
主役がこんな端っこにいてどうするんだと色んな人に突っ込まれながら、それでも月森は動かなかった。
親指で、くいっと出口辺りを指差した。
香穂さんの事だなと直感で感じ取って、僕は小さく頷いた。
移動する間も「新婦放ってドコ行くんだ」とからかわれてるのをスルーしている。
気の許せる人たちだから、返事なんかしなくてもいいと思ってるんだろう。確かにそうなんだけど。
「・・・で?」
人気のない、レストルームに通じる通路の途中で、月森が足を止めた。
「で、だ。その・・・単刀直入に聞くが」
「どうぞ」
「君は香穂子のどこが好きだったんだ?」
「・・・超直球だね」
「単刀直入に聞くが、と言ったはずだが」
それにしてもストレートすぎるあたりが月森らしいといえば、らしいのかもしれない。
「うーん、どこ、と聞かれると困るんだよねー」
努めて明るく。
だって好きな人の結婚式なんだよ?いくら僕だって、平然とした顔してるのだってツライんだ。
歪みそうになる眉間をどうにかして寄らないようにしながら、僕はふと思いついた。
好きな人をかっ攫っていった、ちょっとした腹いせのつもりで。
「本当はね」
壁に寄りかかって腕を組んでいた月森が顔を上げた。
「香穂さんのことも好きだったし、今でも好きなんだけど。でも、本当は」
「・・・本当は?」
月森に近寄る。
両手を壁につけた。
ほんの少し見下ろす形になる月森の瞳が揺れる。
「本当は」
顔を近づけていく。月森は驚きのせいなのか動けない。
唇を耳元に寄せた。
誰にも聞かせたことのないような、低い声で。
囁いた。
「本当は、君が好きだったんだよ、月森」
「・・・!!」
耳を手で押さえて、顔を真っ赤にしている。
作戦成功だ。
「ふふ、驚いた?」
「なっ・・・君は・・・」
動揺しすぎて声も出ないみたいだ。ちょっと度が過ぎたかな?
冗談だよと口を開きかけた、その時。
カタン
レストルームのほうから音がした。
見ると、
「天羽さん」
高校の頃は報道部として、社会人となった今はジャーナリストとして第一線を走る彼女が。
驚きの表情で立ち尽くしていた。
「今の・・・ホント?」
小さく言ったつもりだったけど、彼女の元まで聞こえてしまっていたようだった。
「天羽さん、今のは」
「ちょっとどういうこと?!」
月森は未だに動けない。
口元を手で押さえて、今にもしゃがみこみそうだ。
手を貸そうとしたら、反射的にだろう、強い力で撥ね退けられた。
「月森・・・」
「説明しなさいよ!事と次第によっては香穂にだって」
「冗談だったんだよ!」
「・・・は?」
月森と天羽さんの声が揃った。
「いやだからね、冗談。僕が好きなのは未来永劫香穂さんだけだから」
「何故そんなたちの悪い冗談を言うんだ」
「好きな人の結婚式に、いくら僕だって平然としてられるワケないだろ?!せめてもの腹いせにと、思って・・・」
二人の視線で殺されそうだ。
僕の言い訳は少しずつ小さくなって、モニョモニョと消えていった。
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろう」
「うん、ごめん」
「寿命縮んだわよ!」
「うん、ごめんね天羽さん」
戻りながら、僕は二人にこってり怒られた。
でも。
少しだけ本当なんだ。
月森の奏でるヴァイオリンの音。
君の音が好きなのは、本当。
だって、香穂さんを想って奏でるその音色は、優しい気持ちに満ちているから。
僕の好きな人を想う、同じ気持ちだから。
「だから好きなんだよ」
僕が小さく呟いた声は、ドアの閉まる音と一緒にパタンと消えた。
2010.5.8UP