| 役得 |
「うん、そうそう。いい感じに仕上がってるね」
「ありがとうございます、王崎先輩」
屋上で王崎に練習を見てもらっている香穂子が、ぺこりと頭を下げた。
「あとは弾きこんでいくだけだね」
「はいっ!」
元気良く返事をするこの少女の事を好ましいと思う。
いつも前向きで明るい。
コンクールで同じヴァイオリンとして出場した月森と付き合っているようだけれど、それもそうだろうなと納得している。
自分の時にはそんな状況はなかったけれど、この二人は一緒にいるのが当たり前になっている。
そもそも、月森と香穂子が一緒にいるようになったのはいつからだったか?
「ねえ、香穂ちゃん」
「はい?」
ペットボトルのフタを開けながら、香穂子が元気良く返事をした。
「香穂ちゃんてさ、月森くんのどこが好きなの?」
一口飲みかけていたお茶を吹き出しそうになって、派手にむせた。
ああごめん、変な質問しちゃったねと背中を軽く叩きながら王崎が小さく頭を下げた。
「いえ、・・・けほっ。王崎先輩までそんな事聞くと思ってなかったので・・・」
「あはは、そうだよね。ごめんごめん、忘れていいからね」
帰ろっか、と立ち上がりかけて。
「・・・けど・・・」
香穂子が何かを言った。
「え?」
「・・・どこ、って聞かれると困っちゃうんですけど・・・」
ペットボトルをいじりながら、香穂子が首をかしげた。
「最初は関わり合いたくないなあって思ってたんです。でも月森くんのヴァイオリン聴いたら、もっと知りたいって思うようになってて・・・邪魔だとか迷惑だとか散々言われたんですけど」
昔はそこまでじゃなかったんだけどなあと王崎は小さい頃の月森を思い出した。
「でも話してみると、とっても優しいんです。ヴァイオリンのことには厳しいけど、それ以外のことにはちょっと不器用なだけで。そう気付いたら・・・って私、何言ってるんだろ!」
両手を頬に当てて俯くその様子が可愛らしい。
ナイショにしててくださいね!と足をバタバタさせている。
こんな香穂子を、月森はきっと見たことがないのではないだろうか。
(・・・役得だなあ、おれ)
家族が全員揃うからと一足先に帰って行った月森には悪いけれど。
時々はこうして月森の知らない香穂子の表情を見せてもらおう。
「もちろんだよ!」
いつかきっと、今日のことを話して月森をヤキモキさせてやろうなどという小さな悪巧みを知るはずもない月森が小さく身震いをしたかどうかは・・・誰も知らない話。
ヒトリゴト。(ブログより
ちょっと難しいお題を頂いてきたなーなんて思っていたのですが、書き始めてみると楽しいですね!
第三者から見る、ということで、色んな人物を登場させられるし。
2010.5.6UP