反論できないね

 




「はいはい、了解です。じゃあそれぞれの挨拶の時に撮ればいいのね」

「うん。お願いします」

「まっかせといてー」

 じゃあ今日はこんなもんかな、と手帳やら書類やらを手早くまとめて、天羽が立ち上がった。

「え、天羽ちゃん、もう帰るの?」

 結婚式の打ち合わせで、天羽に写真撮影を頼んだのだが、希望するアングルやシーンなどがあれば教えて欲しいというので打ち合わせをしていたのだ。
 ある程度の希望は伝えたし、天羽の技量は信頼しているから「あとはお任せで」ということでお開きになったのだが。
 このあと食事でもどう?と言う香穂子に、天羽は手を振った。

「せっかくなんだからさ、二人で行っておいでよ。結婚して落ち着いたら誘って」

 ウィーンと日本。数ヶ月に一度の割合でしか帰国できない月森と、できるだけ二人でいたいだろうからと気を使う天羽に、それまで黙っていた月森が口を開いた。

「せっかくだから、だろう。香穂子も楽しみにしているようだし、天羽さんも一緒に」

「・・・いいの?」

 ああ、と月森が頷いた。
 何か言いたそうに天羽が見ているのは黙殺する。
 それを香穂子はにこにこ笑って見ているだけだった。





 香穂子と天羽が最近よく行くというレストランに腰を落ち着けた。
 値段もリーズナブルで、格式ばっているわけでもない。女性が多いのが気になるところではあるが・・・実際、男性客は月森の他に一人だけで、お互い何となく安心した・・・雰囲気のいい店だ。

「やっぱりここはおいしいねえ」

「うん、最近私こんなまともなお昼ごはん、食べてないんだよねー。ああ満足満足!」

 二人とも語尾にハートマークでもつきそうなほど幸せそうな表情で食べ終えた。
 何よりも楽しみにしているデザートを待ちながら、月森はコーヒーを一口含む。ちなみに月森の分はこの二人の胃袋に消える予定だ。

「天羽ちゃん、仕事はどうなの?」

「おかげさまで!毎日走り回ってるよ」

 天羽は大学卒業後に希望していた会社へ入社することができ、毎日忙しくしているようだった。
 月森と香穂子の結婚式のことは、天羽が言い出したのだ。忙しいだろうからと遠慮したのだが、昔から知っている自分が是非撮りたいと強く願い出て、結局天羽に頼むことになった。
 月森が強く希望したため、結局交通費と現像に関する諸費用は支払うことで話が落ち着いた。
 「仕事として依頼するのだから、それなりの報酬は支払って当然だ」という月森の考えもわからなくはないが、古くからの友人として参加したい天羽としては譲れない部分もあり、二人で盛大に揉めたのは、いつか笑い話になるだろう。



「月森くんだって、日本とウィーン行ったり来たりで忙しいでしょう?体調管理できてる?」

 月森のコーヒーを飲む手が止まった。それを見た香穂子が苦笑いする。

「それがさー、聞いて!私には高校の頃からうるさく言うのに、自分に関してはホントに頓着しないの!こないだだって着いた早々・・・」

「香穂子」

 自分が悪いのは十二分にわかっている。しかし「今」しかできない無理もあるのだ。何より香穂子の為に。それをわかっているからこそ香穂子も強くは言えないのだが、今回は溜まっていた愚痴を発散してやる!とばかりにまくしたてる。

「蓮はちょっと黙ってて!もう少し自分を大切にしてほしいから言ってるのに、日本に帰ってくると『疲れてる』って顔してるんだよ。長旅で疲れてるのもあるんだろうけど、もうちょっと自分を労わってほしいっていうか・・・」

 聞いていた天羽がニヤニヤと笑う。

「それだけあんたに寄りかかってるってことでしょ?」

 とうとう月森の動きが止まってしまった。それを見て気分が良くなったらしく、天羽までが話に乗っかってしまう。

「高校の頃の月森くんだったらさ、他人にそんなの見せなかったでしょ?どれだけ疲れてようが、具合が悪かろうが。それが今となっちゃ・・・ねえ?」

 言いながら月森を見る。バツの悪さから咳払いなどしてみるが、この二人には通用しない。

「そういうのを見せられるほどに、あんたは信頼されてるってことよ。もちろん体調管理はしっかりするのが演奏者のマナーなんだろうけど?」

 いつだったかそんな台詞を聞いた気がするし、言った気がする。
 その言葉をどうして天羽が知っているんだろうと二人とも疑問に思うが、口に出すことはできなかった。きっとあらゆる情報網を持つ天羽のことだ、どこからか聞き出したに違いない。

「反論は?」

「・・・ない」

 珍しく月森を言い負かしたことに気をよくして、天羽が小さくガッツポーズを見せた。

「よーし香穂、デザート追加しよ!」





 まだ何か頼むらしい天羽に呆れ返りながら、冷めたコーヒーを飲む。
 楽しそうにメニューを見てあれがいい、これがいいと言う二人に、月森は感謝したい気持ちになった。

 これからは一人じゃないんだ。
 香穂子と二人で、新しい道を歩いていく。
 そのことに思いを新たにしたことなど知る由もなく、天羽と香穂子が笑いあっている光景を見つめていた。

 

 

 

 

 

2010.10.22UP