| ただいまの場所が君の元なんて幸せだね |
結婚してから、初めて「家族」という大切さを知った気がする。
生まれてから今まで、両親や祖父母という偉大な「家族」がいたけれど、月森にとっては家族である前に「尊敬すべき人」だった。だから、安らげる場所にはならなかった。
香穂子と結婚してウィーンで新しい生活を始めて「お帰り」と自分の帰りを待っていてくれる人がいることに、月森はどうしようもない幸せを感じる。
「お帰り、蓮」
「・・・ああ、ただいま」
何気ないやり取りなのに、それさえも月森には欠けていたものだったのだ。過去の自分全てを否定するわけではないが、いかにあの家で暮らしていた自分に「何もなかった」のかがわかる。
「香穂子」
遅い夕食の準備をしながら、香穂子がキッチンで「ん〜?」と声だけ返事をした。
「お腹空いた?ちょっと待ってね」
「香穂子」
「え〜?待てないの?んーっと・・・」
できあがりそうなサラダを急いで仕上げて、ダイニングへ持って行く。
あ、フォーク、と独り言を言いながら背中を向けようとした香穂子の手を握る。
「香穂子」
「え、どうしたの?」
驚いて、座っている月森を見下ろす。普段ない角度だな・・・なんて呑気にそんなことを思う。
物言いたげに月森が香穂子を見上げ、次いで瞼を伏せる。
「香穂子」
「・・・どうしたの?」
「・・・香穂子」
逸らされた視線。
ただ呼ばれる名前。
何かを不安に感じているのかと思うが、表情を見るとそうではないらしい。
微笑んで、幸せそうな顔をしているから。
「・・・蓮」
反対の手を、月森の手に重ねる。
「しあわせ?」
ああ、と月森が頷いた。
「君の元に帰る幸せを、感じていたんだ」
2010.11.22UP