夜空を見上げる。
 満点の星が、自分を物言いたげに見下ろしている気がした。




さらばあの日の恋心

 




 

 月森と香穂子の結婚式に出、二次会の幹事を任された加地に何故か巻き込まれた土浦が、引きずられるようにして連れてこられたのは、小さなライブハウス。

「天羽さんのチョイスなんだよね。どっかレストランを貸し切るっていうのもテだけど、それじゃありきたりだろうからってさ」

 ヴァイオリンを弾いても騒音で苦情が来ることもない。会場の大きさもちょうどいい。

「一石二鳥」

「ってことだね」

 天羽の考えることって時々奇抜だよなと漏らすと「ふふ、否定はしないけどね」と加地も苦笑う。
 会場のセッティングにもう少し時間がかかるから手伝えと連れて来られ、着いた先に待っていたものは。

「ピアノ?」

 グランドピアノは搬入ができなかったからアップライトだけど、と先に着いていた天羽が得意げに手を腰に当てた。

「調律、お願いねっ」

「はあ?!セッティングってこれのことかよ?」

「うんそう。はい音叉」

「おい」

 じゃ、あと頼んだ!とくるりと背を向けた天羽に文句を並べ立てた所で既に遅い。
 しょうがねえなとジャケットを脱いで、ついでにシャツの袖も捲くる。

「土浦くんのそういう格好、似合うよね」

「背もあるからサマになるよね」

 ねー、と背後で聞こえる会話は聞こえなかったことにして、音叉を手に調律を始める。
 自室にあるピアノの調律も自分でやるから、作業自体はどうということはない。が。

「おまえら・・・うるさいぞ」

 真剣な顔で調律する様子を、天羽と加地が喋りながら見ていることに気が散って仕方がない。そう言うと「ごめん」と素直に謝った二人が出て行くのが見えた。

「しかもこんな直前にやるか、普通?」

 盛大なため息をついて、音叉を持ち直した。





 会場がライブハウス、という選択は相当ウケが良かったらしく、来る人来る人みんなが「意外」と驚いてやってきた。当の月森と香穂子も直前まで知らされておらず、月森のこれ以上無いほどに顰められた表情を見、天羽が手を叩いて大爆笑した。

「月森くんのそのカオ見れただけでもう私はいいよ!ライブハウス選んだ甲斐があったわー」

「・・・天羽さん」

 さあどうぞと背中を押されて入れば、ライブハウス特有の雰囲気に月森が小さく息を呑んだ。

「主役の登場でーす!」

 ドアが開くと、土浦、加地、志水、冬海、火原のクインテットが始まった。わあ、と嬉しそうに声を上げた香穂子が月森の腕を取る。
 天羽の先導でステージへと上がった二人は、更に驚いた。

「ヴァイオリンがある・・・」

 ここにはないはずの月森と香穂子のヴァイオリンが、ステージ袖にあったのだ。
 なぜだと視線で問えば、天羽はしれっと言ってのけた。

「月森くんのは、マネージャーさんに頼んだの。で気を利かせたマネージャーさんが、香穂の分も実家に取りに行ってくれたというわけさっ」

「ロータスが・・・そんなこと一言も」

「うんだから責めないでね?それよりもほら、皆待ってるよ」

 いつの間にかクインテットの五人はステージ下に降りていた。ライブハウスの人だろう、スタッフらしき人がスタンドマイクをセットして下がっていくところだった。

「時間稼ぎはしておくからさ。今のうちに調弦しちゃいなよ」

「え、弾くの?」

 当たり前でしょ!と天羽が言い残してステージのマイクを握った。えー時間稼ぎにお付き合い下さいませとふざけた調子で言えば、どっと笑いが起こる。

「・・・調弦してしまおう」

「あ、うん」

 ケースの金具をパチンと外した。





「お、終わったようですね。まず最初に二人から挨拶、というのが基本でしょうが、何たって今日の主役はヴァイオリニストが二人な結婚式なわけでありまして。言葉にするよりも・・・」

「いいから早く聴かせろや」

 すかさず突っ込んだのは金澤らしい。

「年寄りはせっかちでいけませんねえ。・・・さて」

 こほん、と一つ咳払い。

「本日お集まりの皆様。新郎、月森蓮と、新婦、月森香穂子から、皆様へささやかな御礼の気持ちです。心行くまでお楽しみ下さい」

 スタンドマイクごと引き取って行った天羽に続いて、月森と香穂子がステージに姿を現すと盛大な拍手が沸き起こる。
 何を弾くかは先ほど打ち合わせた。練習もしていないからと不安がる香穂子に、ただ楽しめばいいと眉を下げて笑う。

「君が楽しんで弾ければ、それでいい」

「・・・うん、わかった」



 しん、と静まる。
 視線を合わせて、いつものように弓を下ろした。





「結局さ」

 いつの間にか隣にいた加地が、土浦の肩をぽんと叩いた。

「僕らは彼女の隣を歩くことはなかったわけだね」

「・・・・・・」

 一度月森から挨拶があった後、間に合わせのアンサンブルが編成されていた。曲によって土浦が伴奏に入ったり、香穂子が抜けたり。メンバーが入り乱れての演奏に、皆が楽しそうに耳を傾けている。
 今は月森と香穂子、志水と柚木がステージに上がっている。ビュッフェスタイルで各々好きなものを食べたり飲んだりしながら、ステージの音楽を楽しんでいた。
 無言でちらりと加地を見る。ステージを見つめたままの加地に小さくため息をついた。

「隣にいるだけが全てじゃないだろ。支える方法はいくらでもある」

「うん、そうだよね」

「月森はどうでもいいがな」

「うわ、酷いな土浦」

 酷いと言いつつも同じことを思っているのだろう。さほどそう思っていないような棒読みの台詞だなと言えば「君の気のせいだよ」としれっと言い返す。どっちが酷いんだと思うが口には出さない。

「君はこれからどうするのさ?」

「・・・別に、どうもしない」

 香穂子を好きな気持ちは誰にも負けないつもりだった。・・・月森にさえ。けれど香穂子は自分の手をとることはなかった。
 今すぐに忘れることなんてできるわけがない。今までずっと想い続けてきたし、これからもそうしていくつもりだ。けれど加地は、その想い続けている気持ちを「どうするのか」と問うたのだ。・・・諦めるのかと。
 ふうん、と加地が何かを言いたげに自分を見ているのに気付いていても、こればかりはどうしようもない。

「お前だって、すぐに忘れることなんてできないだろ?」

「まあね」

 ほらみろと横目で見、土浦が踵を返した。加地は追ってこない。
 そのまま外へ出た。



 もうだいぶ暗くなって、街の明かりから僅かに星が見えた。
 ピアノを弾く人間がいなくなったことで文句を言われるような気もしたが、音楽科の連中は副科で取っていたはずだ、特に問題はないだろう。
 あんなに幸せそうにヴァイオリンを弾く二人を、正直に言えばこれ以上見たくなかった。
 自分の好きだった女性が、わかっていたこととはいえ違う男の手を取ったのだ。そうして幸せそうに微笑む姿を見ているのがつらかった。
 月森がいなくて辛い、寂しいと泣く彼女を励ましてきたのは自分なのに。自分の方を向いてくれない恋だとわかっていた。それでも。

「忘れることなんか、できねえよ」

 今まで想い続けたことを、なかったことになんてできない。
 できるわけが、ない。
 星空に向かって呟いてみた。柄にもないと鼻を鳴らして歩き出した。
 過ぎるほどに明るい街の光の合間を縫って瞬き落ちる星の光が、土浦を柔らかく照らし出していた。








ヒトリゴト。(ブログより一部

タイトルと違う内容です・・・いや私的には合ってる、はず・・・(おい
忘れられない想いなのだと気付いている土浦。と加地。香穂子が月森の手を取ったことで、その恋は叶わぬものとなった、ということでタイトルがくるわけです、が・・・わかりづれーよ!
ホンットにすみません・・・精進せねば。

 

 

2011.1.11UP