初恋が最後の恋

 




 やっほー、と後ろから肩をポンと叩かれた。
 振り返ると、加地と土浦が並んで立っていた。

「今帰り?一緒に帰ろうよ」

「断る」

 すげなく間髪入れずに断ったのに「まあまあ」とか言いながら肩を並べる。不快さを隠しもせずに眉に皺を寄せた。

「たまたま土浦ともエントランスで会ったんだ。楽器屋さんに行くっていうから僕もついていこうと思うんだけど」

「俺には関係ない」

「つれないねえ、月森」

 何を言われようと関係ないものはない。自分のペースで歩き続ける月森に、加地が言った。

「日野さんのことで話があるんだけど、って言っても?」

 言い終える前に即座に振り返った月森の反射神経を、二人が驚いて見つめた。

「月森って・・・」

「実は結構できるんじゃないか?」

 何の話だとは聞かない。どうせこの二人が企む事はいいことがない。

「時間ある?駅前通りあたりでちょっと落ち着こうか」

 妙に有無を言わせない圧倒感を放ちながら、加地がポンと肩を叩いた。







「で?」

 まあそう急がなくても、と加地が苦笑いする。話によってはすぐに帰るつもりだった。
 落ち着いた雰囲気の喫茶店。時間が時間だから、店内にいる制服姿なのは自分たちだけだ。
 土浦はコーヒー。月森はアールグレイ。加地は「本日のおすすめケーキセットをアッサムで。あと秋のフルーツタルト」とオーダーし、二人の度肝を抜いた。

「お前・・・そんなに甘いもの、よく食えるな」

「夕飯が食べられなくなるだろう」

「別腹だよ、別腹。ご飯はご飯」

 という答えに月森と土浦が同時にため息をついた。

「こんなにおいしいもの食べないなんて、もったいない」

「お前と付き合う女も大変だな」

「まあ僕には日野さんだけだから。ああ月森、横取りしようとかそんなこと思ってないからね?」

 にこにこと横取りとか不穏なことを言わないで欲しい。
 男女問わず誰にでも受けがいい加地だが、その裏で何か企んでいるんじゃないかと勘繰りたくなるのは、月森だけなのだろうかと思いきや、土浦も同じだったらしい。

「にこにこ笑いながらそんなこと言うなよ。腹に一物あるようにしか聞こえない」

「どこかの先輩じゃあるまいし」

 暗に柚木のことを指しているのだが、誰も口にはしなかった。



 お待たせしました、とサーブされたそれぞれを、それぞれが口に運んで、カップをソーサーに戻す。

「僕はさ」

 フルーツタルトにざっくりとフォークを突き刺して、加地が切り出した。

「恋愛って、どこか遠くで捕らえていたんだよね。人を好きになる自分が想像できなかったっていうか」

「高望みしすぎだろ」

「そんなことないよ?現に日野さんのことだって、どこにでもいる普通の女の子じゃないか」

 月森が僅かに眉根を寄せた。
 自分が付き合っている女の子の事を好きだと公言し、あまつさえそれを彼氏である月森本人の前で言うのだから面白いわけがない。

「だから横取りしようとか思ってないからね?」

「・・・土浦の言った意味が今わかった」

「だろ?」

 二人ともそこでタッグ組むの?酷いなあと大してそう思ってもいなさそうに呟いた。

「とにかく、僕にとっては初恋だったわけだよ。幼い恋じゃなく、本気で僕が好きになったっていう意味での、初恋」

「人のコイバナなんか興味ねえ」

「まあまあ。でね。月森や土浦にとっても、そうなのかなあと」

 二人同時に盛大に咳き込み、加地が「ああごめん」とにっこり笑った。

「何で俺まで?!」

「だって君」

 おいおいおいおい!と遮る土浦に「わかったよ」と渋々引き下がった。

「この中で唯一カノジョ持ちの月森は、日野さんと付き合うのは初めてだって聞いたけど」

 そんな話どこで聞いたんだ。
 でかでかと顔に書いて黙り込んだ月森に「あ、図星?」とニヤッと笑った。

「そして初恋が叶ったわけだろ?すごいじゃないか、初恋は叶わぬものなんて君には関係なかったわけだね」

「・・・・・・」

「できれば、なんだけど」

 今までの軽いノリから一転して、真面目に、至極真面目に。
 訥々と、加地が語る。

「できれば、君にとっても、日野さんにとっても、お互いが最初で最後であってほしいと、僕は思う。勝手な願いなんだけれど、相変わらず偶像的にしか日野 さんを見ていないのかもしれないけれど。あんなにお互いを想い合う音色を、失ってほしくないんだ。・・・もし、もし、君たちが別れることになったとして も」

「おい、加地!」

 静止しようとした土浦を制したのは、月森だった。

「それで?」

「・・・二人がこの先。同じ未来にいることがなくなってしまったとしても。最初で最後、であって欲しいんだ」

 加地の言うように、この先同じ道を歩くとは限らない。現に月森は留学する。遠すぎる距離を、お互いを想う気持ちが途切れてしまう可能性だってある。
 それでも。
 月森の頑なな性格と、何よりもその音色を変えた香穂子に。
 柔らかく、優しい音色を奏でる香穂子が想う月森に。
 どんな未来が待ち受けていたとしても、繋がっていて欲しい。
 音楽という絆で結ばれているのならば、いつか辿り着けるはずだから。

「・・・僕の勝手な願いだけれどね」

 いつの間にやら綺麗に完食していた皿にフォークをカチャリと乗せた。



「まだ俺たちには、道がある」

「・・・そうだね」

「君たちの道も、いずれはどこかで交わるかもしれない」

「そうだな」

 土浦と加地が穏やかに微笑んだ。

「まだ先の話だが。・・・加地」

 うん?と月森を見る。



「俺も、同じだ」



 恋をしたのも初めてなら、付き合うのも初めて。それは何をどうしても月森の「最初」であることに変わりはない。
 全てが最初。そしてそれが最後となれたらいい。

「・・・おんなじだね」

 そうだな、と月森が穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

2010.12.5UP