それは初めて見た、あなたの涙。




笑わない貴方の初めての涙

 




 なんだか最近様子がおかしい。

 気をつけていなければわからないほどの、小さな変化なんだけど、いつも一緒にいる私でさえも見逃してしまいそうなくらいだった。

 留学の準備で忙しいから、疲れてるのかなとか思ったりもした。でもそうでもなさそうで。

 気がついたのは「君のヴァイオリンが聴きたい」というリクエストだった。

 月森くんからのリクエストは今まで何度もあったし、特に気にするものでもなかったけれど。

 でもリクエストされた曲は。


「アヴェ・マリアを」


 合宿の時に、一緒に弾いた曲。

 それからも時々機会はあったけど、今は私一人で、というリクエストだった。

 深呼吸をひとつ。

 合宿の時に弾いたあの音色を思い出しながら。

 弓を静かに下ろした。



 弾きながら、月森くんを見た。

 彼は。

 目を閉じていた。

 綺麗な顔だなあなんて考えていたら・・・一筋の涙をこぼした。

 それは私が初めて見た、彼の涙だった。

 弾きながら、すごく綺麗だと思った。



 パチパチと拍手が起きた。

 たった一人の為に弾いた、たった一人からの拍手。

 それでも私には大きな拍手だった。

「ありがとう」

 もう涙はなかった。

 少し微笑んで、さらさらの髪をかきあげて。

「君の音色は、俺の心を豊かにしてくれる。・・・忘れないでほしい。俺の音色はいつでも、どんな時でも、君を想っていると」




 あの時見た涙は。

 不器用な月森くんが言えなかった、本当の気持ち。

 でも私は何も言わなかった。

 言っちゃいけないような気がしていたから。

 あの一雫を見ただけで、何もかもいいような気がした。

 それだけで、何年でも待てると。


 それから何度か春を越して。

 今でも思い出す。

 あの、一瞬の間に流された涙を。


 本当に言いたかったけれど言えないままに発った、その気持ちを。

 大事にしまって、私はまた一人で春を越える。

 

 

 

 

2010.7.10UP