ハーモニー(和音)

 




「ここ、わかんない・・・」

「ああ、そこは・・・」

 新しい楽譜に挑戦したいと月森に相談しながら決めた楽譜。少し難しいのがいいとは言ったが、どうにも難しい。
 ヴァイオリンだけではなく、ピアノとの掛け合いが入るから、いまいちよくリズムがつかめない。

「実際に俺がピアノで弾いてみよう」

「え」

 少し指慣らしをして苦手なところより少し前の小節から弾き始めた。

「ここからヴァイオリンが入る」

 弾きながら言うと、少し呆けながら楽譜を見ていた香穂子の目つきが真剣なそれに変わったことに苦笑い、少し先まで弾いて指を離した。





「月森くんて、すごいね」

 ヴァイオリンも弾けるし、ピアノも弾ける。勉強もできるし、外見もいい。・・・中身の良さは香穂子だけが知っていればそれでいいのだ。

「ピアノは副科で取るし、小さい頃から母に教えられて弾く機会はあった。何より、ヴァイオリンを弾くにはピアノは不可欠なものだから」

 音程を取るにしろ、演奏するにしろ、ピアノという存在はなくてはならない。

「だから大抵の人間はそれなりにピアノが弾けて当たり前なんだ」

「ふーん・・・」

 それでも、ヴァイオリンだけで精一杯の香穂子にしてみれば、月森は何でもできる「すごい人」なのだ。
 
「要領は掴めただろうか」

「あ、うん。ありがとう。それで、月森くん・・・お願いがあるんだけど」

「・・・伴奏か?」

 えへへ、と恥ずかしそうに香穂子が笑う。「今のとこ、私がちゃんと弾けたら伴奏お願いしていいかな?」なんていう「お願い」に月森が反対する理由はない。

「もちろん、喜んで」

「うわあっ、ありがとう月森くん!」

 ぴょんと飛び跳ねて「ヴァイオリンに障る」とすかさず注意された。





 どうせだから一曲通して伴奏しようと言い出したのは月森。もちろん香穂子は反対しない。

「いいだろうか」

「うん、いいよ!」

 これではきっと嬉々として飛び跳ねた音色になるだろうという予想は的中して、楽しそうな音を奏でる。まあそれはそれでいいか、なんて思ってしまうあたりで、以前の自分とは変わっていることに気付かされる。
 香穂子の優しい音色。
 月森が支える伴奏。
 それらがお互いに絡み合って、美しい音楽を紡ぎ出す。
 息の合ったハーモニーが練習室に満ちていく。
 月森も、香穂子も、知らず微笑んでいた。





「あー楽しかったあ!」

「ああ」

 時々月森がピアノで伴奏してくれる機会はあったが、今日はどこか特別だった。

「今度は練習と関係なく、月森くんのピアノが聴きたいな」

「・・・ああ、じゃあ今度」

「やった!」

 月森のピアノの音は、いつも優しい。背筋を伸ばしてピアノに向かっている姿を見るのも好きだ。土浦のように体全体で表現するわけではないけれど、ふとわずかに揺れる髪が。少し下を向いたその表情が。

「綺麗なんだよね」

「は?」

「・・・ううん、こっちの話」

 思わず言ってしまった独り言に赤面しながら手を振る。
 





「それじゃ、また明日」

「うん、また明日ね」

 別れ際に、繋いでいた手に少し力を込める。離れがたくて、でも離さなければならないその温もりを少しでも感じていたいから。
 そう教えられてから、香穂子も同じように手を握り返す。

「ピアノ、約束ね!」

「ああ」

 仕方がないなとでも言いたそうに苦笑して、ゆっくりとその手を離す。



 パタンと閉じたドアの音を聞いてから歩き出す。
 いつもは今日の練習でできなかったことや改善点を思い返しながら家に帰るのだが、今日は合奏をした音楽を思い返しながら帰ることにする。
 それはとても幸せな時間。
 香穂子との合奏はいつもヴァイオリン2台でのことが多いが、今日のような美しい音楽が生み出されるならば、ピアノを弾くのも悪くない、と小さく微笑んだ。



















ヒトリゴト。(ブログより

中途半端な・・・
月森は、ピアノを進んで弾くことをあまりしなさそうかなあと。無印では伴奏をやってますが。
もう少し、ピアノを弾く場面を重点的にしたお話をかいてみたいです。

2010.11.16UP