何だか物足りない。
 傍らにいつもいた彼女の面影がフラッシュバックする。

「香穂子・・・」

 それは、巡り巡る、輪廻の音。




巡る音

 




 ヴァイオリンを下ろした。
 もう弾く気分になれなかった。
 こんな気持ちでヴァイオリンに相対した所で、ろくでもない音楽になることは何よりも自分がわかっている。
 弓と弦を緩める。パタンとケースの閉じられる音が乾いて部屋に響く。

「何か読むか」

 誰にともなく一人ごちて、読みかけの本に手を伸ばす。

(月森くん)

 ああ、まただ。

(月森くんの音、大好きだよ)

 こんな俺の音を好きだと言ってくれた彼女は。
 遥か遠い、故郷の地で暮らしている。
 秤にかけて、迷う前にその上に残してきた彼女のことを未だに想う俺は。

「輪廻の音・・・か」

 結局読まずに本を置く。
 部屋の外を見る。天気のいい昼下がり。大学は休みで、いつもならヴァイオリンの練習に明け暮れる週末。
 何かの電池が切れたかのように、俺の心は何も捉えることができなかった。
 君の音は、ただ巡っているだけだ。
 そう言われたのは、いつだったか。
 それほど迷っているのなら、迷うことをやめればいい。簡単に言い放つ教授の顔を思い出して、ため息をついた。
 やめられるほど簡単な想いじゃない。
 けれど、簡単に思い続けているわけでも、ない。



 巡り巡ったこの想いが、結局彼女の元に届かないのだとしても。
 それは俺が受けるべき罰なのだと。
 自嘲気味に口角を歪めてみても、それすらも空虚なものでしかない。

 それならば。

 開き直るまでだ。

 この音色が巡り巡って、もし仮に君の元にたどり着けたのなら。
 俺はそのスパイラルに存在していたことも「有」なのだ。
 いつ届くか分からない無限の螺旋階段の中で立ち止まる俺の心に。
 君という存在を、光を、見つけられたのなら。



「今度こそ、・・・迷わない」



 巡る音。
 その遥か先に君がいるのならば。
 巡るがいい。
 その後に何が待っていたとしても、俺は。
 君を、諦めない。

 

 

 

2010.11.27UP