ゆえのこと・・・

 




 魔法のヴァイオリンが壊れた。
 それを知っているのは香穂子とリリだけだが、音は嘘をつかないとはよくいったもので、明らかに「初心者すぎる」音色に、学校中の誰もが不審に思っていた。
 それでも、コンクールメンバーや親友たちは何くれとなく励まそうとしてみるのだが・・・表向きは明るく振舞おうとしているのが目に見えているだけに、もどかしい思いで見ているしかできなかった。



「日野」

 練習室へ向かう途中で、聞き覚えのある声に呼び止められた。・・・今はあまり聞きたくない、その声。

「・・・月森くん」

 振り返ると、案の定月森がこちらを向いて立っていた。

「これから練習なのか?」

「うん。月森くんも?」

 ああ、と頷いて歩いてくる。部屋番を聞くと、隣だった。よりにもよって、隣。
 防音がしっかりしているから隣の部屋だろうが音は聞こえないのだが、今は月森の近くにいたくなかった。・・・こんな音色しか奏でられない自分を、見られたくなかった。
 そんなことは香穂子の都合でしかないから、できるだけ押し殺して、普段どおりに振舞おうとする。それを月森に指摘されてしまった。

「日野」

「なあに、月森くん?」

 一番奥だから距離もそれなりにあり、更に隣の練習室だから歩く方向も同じ。できることなら早く練習室に飛び込みたい気持ちを抑えて、隣にいる月森を見上げる。

「無理はするな」

「・・・え?」

 思わず立ち止まると、月森も一緒に立ち止まった。

「君のヴァイオリンのことは、以前聞いたことがあるから何も聞かない。・・・周りが何を言っても、君がちゃんとした意思を持ってヴァイオリンを持っていることは、わかるから」

「・・・・・・」

「無理はするな、日野。そう張り詰めていては、いつか切れてしまう」

「・・・無理してないと、やってられないよ・・・!」

 小さすぎる香穂子の言葉に聞き取れずに身をかがめるが、一瞬早く香穂子が身を翻した。

「ありがとう、月森くん。でも私は大丈夫だから!」

 じゃあね!と引きつった頬で笑みを作る。そうして早く月森の視界から消えたくて練習室へと急いだ。
 痛いほどに月森の視線を背中に感じながら。





 いつも言葉が足りない自覚はある。
 けれど今ほど自分を悔いたことはない。
 もっと言葉が足りていたなら。

「君を、励ましてやれるのに・・・」

 同じコンクールメンバー。同じヴァイオリン奏者。同じ学年。同じように良くない目で見られる立場。
 最初は疎ましくも思ったが、香穂子の前向きな性格にいつの間にか引っ張られていたようだ。
 自分にできる唯一の方法は。

(音楽で示すことだ)

 自分が目標なのだと言ってくれた。
 だから自分が香穂子の道しるべとなろう。
 その暗闇を照らす光になれたなら。




 
 練習室の窓を開けた。
 香穂子のいる練習室は窓を締め切っているようで、音が聞こえない。
 けれど、ふとした拍子に窓を開けたとき。
 
(俺の音楽が聴こえるだろうか)

 開けないかもしれない。・・・開けるかもしれない。
 そんな不確かな確率を信じて、月森はヴァイオリンを構えた。
 一番最初に出会った時に弾いていた、アヴェ・マリア。
 いま、月森ができる、月森なりの応援歌。



 隣室の窓が開く音をどこか遠くで聴きながら、月森は無心に奏でる。



 言葉で示さずに、音楽で示すのは、 今の香穂子の状況を思う故のこと。
 だから。

(・・・日野)

 がんばれ、と。
 月森の唇が小さく動いた。












ヒトリゴト。(ブログより

あれれれ・・・(のっけから
月森がきつい言葉を言うのは香穂子に頑張って欲しいから、っていうお話になるハズが・・・おっかしいなあ(書いたの私
後半から月森サイドになってしまったので、香穂子サイドもいつか書いてみたいと思います。

 

2010.11.11UP