青色クレヨン

 




 快晴だ。

 雲ひとつなく、どこまでも続く青空に向かって、香穂子がうーんと手を伸ばした。

「全部水色にしたら、ダメだよねえ・・・」

 ぼそっと呟いた言葉を、隣にいた加地が拾い上げる。

「それはそれでいいと、僕は思うけど」

 しかし加地の香穂子に対する主観はかなり信用できないことを、ほぼ一年に近い間クラスメイトをしていて学習している。

 じゃあそうしよっかなと冗談で言っても、大真面目に「うん、そうしなよ」と言われるのがオチだから黙っておく。

「あー、なんで美術なんて選択したんだろ・・・」

 選択科目が多くなる三年生は必須授業の他に、美術と音楽と書道、国語と現代国語、など自分の進路に合った科目を選択すればいいことになっている。

 書道は子どもの頃に習ったが長くは続かず、音楽でほぼ固めていたら先生から「音楽以外にしろ」と言われて、消去法で美術になったのだ。音楽を続ける上で美術の心もあることは大きな糧となる、だろうと思って選択したのだが。

「美術って苦手だなあ」

 春に旅立った恋人も同じことを言ってたっけね、などと言いかけて口を噤む。香穂子の前ではこの話は暗黙の了解でタブーになっているからだ。

「僕は好きだよ。とはいっても、描くほうより見るほうが好きだけどね」

 だから今こうして画用紙とクレヨンを持って屋上にいる時間は、好きだけど好きじゃない。

 加地にしてみれば香穂子といられる時間は全て鍵をかけてしまっておきたいほどなのだが。

「それにしても、今時高校生がクレヨンで絵を描くっていうの、どうなの?」

「童心に返ることも大事っていうことかな」

 加地くん、超ポジティブだね、と半ば呆れたように香穂子がうんざりと呟いた。それには笑って流すだけにして「さ、描いちゃおう」とクレヨンを手にした。

 

 一度描き始めてしまえば、なかなか夢中になるものだ。

 鉛筆は下書きの跡が残るから、クレヨンで一発描き、というのが今日の課題。対象は校内にあるものであれば何でもよし。人物の場合は許可を求めること。などの幾つかの条件を出され、教室を追い出された。

 美術教師に密かに熱を上げている親友たちはそのまま美術室に残り、先生に許可を求めているのを横目で見ながら、香穂子は天気がいいからと加地と共に屋上へやってきた。

 あまりの快晴ぶりに何もする気が起きなくて、いざとなったら全部青で塗りつぶしてしまえと開き直る。加地は何やら熱心に描いているようだ。話しかけるのも悪いだろうと諦めて、また空を見上げる。

 真っ青な空。その先の果てはどこまであるのだろう、などと考えてみる。

 この想いに果てが見えないように。

 あの空にも果てはないのだろう。

 いつ終わりが見えるのかもわからない想いを抱え続けることに、正直疲れないこともない。月森を諦めようと思うことさえある。

(でも。・・・まだ、無理なんだ)

 もう会えないかもしれない。でも、いつか会えた時の為に、自分が奏でる音楽を聴いて欲しい。その時にお互いにお互いを想う気持ちはなくなっていたとしても。

 ヴァイオリンは続けていたいから。

「・・・ぃよっし!頑張るぞー!」

 突然叫んだ香穂子に、加地が驚いてクレヨンを真っ二つに折ってしまった。

「・・・・・・ま、いっか。学校の備品だし」

「加地くんのそういう超ポジティブシンキング、見習うよ」

 にかっと笑ってみせる。加地がクレヨンと香穂子の顔を交互に見比べて、少し困ったように「・・・うん」と微笑んだ。

「さて、まずはこの真っ白画用紙を真っ青に塗りつぶすとこから始めよう!」

 やっぱりそうするのかと内心苦笑しつつ「僕も手伝おうか」などと言ってみる。

「ううん、これは私の課題だから。私が頑張るよ」

 自分の気持ちだから。自分でケリをつける。

「日野香穂子、頑張ります!」

「その調子だよ、日野さん」

 加地が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

2011.8.14UP