マーメイド・ブルー

 




 月森のコンサートでは、一つだけ「恒例」がある。

 最初の頃はなかったのだが、月森の知らないうちに恒例化していたのだった。

「今回もお願いします」

「・・・わかった」

 打ち合わせの時に必ず「お願い」されるのもまた「恒例」。小さくため息をついて、月森が頷くと、周りにいたスタッフがわっと歓声を上げた。

「今回はどうします?」

「任せる」

「たまにはリクエストください」

「君たちが始めたことだろう」

「とか言って、結構ノッてたりしません?」

「関係ない」

 すげなく返事をすると書類をまとめて立ち上がる。曲想を練らなければならない。

「それじゃ」

 わいわいと浮かれるスタッフを背に、早々に部屋を後にした。

 

 

「今回もやるの、あれ?」

「・・・らしい」

「へー!楽しみ!後でロータスさんに教えてもらおう」

「やめてくれ・・・」

 げんなりとする月森とは対象に、香穂子はうきうきしている。

 彼女がスタッフと混じったら、きっと大変なことになるに違いない。最近そう思う。

 月森の好みを熟知しているだけに、細部にわたって指示を出すだろうから。

(そんなことをされたら、本当に困る)

 香穂子がスタッフじゃなくて本当に良かったとつくづく思うのだった。

 

 

 コンサート千秋楽。

 スタッフがそわそわと月森の楽屋を行き来している。コンサートに向けて集中しなくてはならないから物音を立てることはないのだが、気配が騒々しい。

「気が散る・・・」

「言ってきましょう」

 ドア付近で控えていたマネージャーが即座に動く。小声で何やら話し声が聞こえ、人の気配もしなくなった。

 普段ならさして気にもしないのだが、演奏直前はかなり気が立つせいか、人の気配に敏感になるようだ。マネージャーもその辺は心得ているのだが、今回は(も)ロータスさえも廊下にいたスタッフ達と同様に浮き足立っていたようだった。

「そろそろ着替えを」

「わかった」

 ロータスが出て行き、内側から鍵をかける。着替えた後で集中力を高めるのもあって、誰にも入られたくないからだった。

 そうして視線を移し。

「・・・・・・はあ」

 盛大なため息をついた。

 

 

 ステージに姿を現すとにわかにどよめきが起こる。どよめき半分、歓声半分、といったところか。

 月森のコンサートで最近恒例と化したもの。

 それは。

 

「今日はずいぶんと明るい、っていうか・・・派手な色だな」

「でもポイントで持ってきたあたりがオシャレよね」

 千秋楽の日は、服装のどこかに必ず「ブルー」が入る。

 大体は胸元のポケットに挿すチーフの色を変えていただけだったのが、段々とスタイリストが調子に乗ってきた(と月森の談である)ようで、ネクタイへと移行し、最近はシャツと、目立つ所に青いものを持ってくるようになった。

 一度ならず文句を言ったのだが「でもこれ好評なんです」と言われ、更には誰が教えたのか知らないが香穂子にまで知られるようになってしまった。

 楽しみにしてるとまで言われ、実際に香穂子はついてくることはないのだが、時折見に付けた「青いもの」を貰っているようだった。

 今日はネクタイ。

 どこでこんな色をみつけてくるのか、スタイリストのセンスを疑う・・・いや、ある意味すごいのかもしれない。

 最近は青いものを見ると反応するようになったとまで言うスタイリストの顔を思い浮かべて、舞台袖でしてやったりと笑っているのだろうとちらりと思う。

 バツがついた所で立ち止まる。するとそれまでざわざわしていた観客がピタリと静かになった。

 

 

「ところで」

 舞台袖にいるロータスが、隣にいたスタイリストをちらりと見やった。

「今日はまた随分と派手なようだけど」

「あら、そう?アジア系とはいっても色が白いから明るい色でも似合うでしょ?」

「でも彼はあまり好きじゃないようだよ」

「まあいいじゃない。今度はシャツにしようかなー」

 既にいくつかストックがあるらしく、あれやこれやと頭の中でファッションショーを繰り広げる彼女に、問うてみた。

「前回は確かシャツだったね。ネイビーだったと思うけど」

「そうよ。前回は暗めだったから、今回は明るくしてみました」

「ちなみに何ていう色なんだい?」

 スタイリストがぱちりとウィンクする。カワイイ名前なの、ともったいぶって教えてくれた。

 

「マーメイド・ブルーですって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトリゴト。

 実際、マーメイドブルーで検索すると、結構明るい色が出てくるわ出てくるわ・・・ネタ思いついた時に「よし!」と意気揚々と書き始めたくせに、色見本で撃沈・・・ちょっとこれ、明るすぎやしないかい?(汗

 ドレスシャツということで書こうと思っていたのですが、いくらなんでもこれ着せたら月森に殴られそう、いや、精神的にぐったりするまで言われそうなのでやめました。

 色見本、結構楽しいですね。

 

2011.7.24UP