Das Schicksal,um sich zu wiederholen.

 




「行ってきます!」

「ちょっと待って佳音!お弁当は?」

 あ、とドアノブに手をかけたまま勢いよく振り返った。

「いる!」

「おっちょこちょいなのは誰に似たのかしらねえ・・・」

 はいどうぞ、と受け取って、やっぱりまた元気良く「行ってきます!」と言い終える前にドアがバタンと閉められた。

「・・・君に似た所は多いと思うが」

「独り言のつもりなので真面目に答えられるとへこむんですけど!」

 はは、とダイニングにいる月森が笑った。

「それは失礼なことをした」

「んもう・・・」

 最後の一口を飲み終えたコーヒーカップを置いて、月森が立ち上がる。

「それじゃあ香穂子」

 行ってくる、と柔らかい笑顔で告げた。





「ねえカノン、今度のコンクール出るって本当?」

 いつもの待ち合わせ場所で待っているスターシアと並んで歩きながら、うん、と佳音が頷いた。

「もう時間ないからねー、集中してやらなきゃ」

「優勝したら親子2代でしょ?すごいなあ」

「お父さんはお父さん。私は私」

 父の話題になると、佳音は途端に表情を曇らせる。父のことを褒められるのは純粋に嬉しいのだが、父を通してじゃないと自分を見てくれない気がするのだ。
 両親がヴァイオリンを弾き・・・父に至ってはそれを仕事としている・・・自分も物心つく前にはヴァイオリンを手にしていた。ピアノや他の楽器でもいいのに、やっぱりヴァイオリンを選んだ理由は覚えていない。

「私は私の音で、コンクールに出る。それだけだよ」

 スターシアが、黙って自分を見つめていることに気付いていたけれど、何も言わなかった。





「じゃあ後で」

 コンクール出場者・・・と言っても佳音の学校からは一人だけなのだが・・・は特別授業が組まれている。ファイナルに出る者だけが許される、特別カリキュラム。
 座学は一切免除。実技や音楽に関する授業のみに出席すればいいことになっている。
 それはどのコンクール時にも同じ事で、佳音は何度かこのカリキュラムのおかげで優勝を飾っている。

「えーっと、一時間目は・・・無笑の微笑で奏でるヴァイオリニストだ・・・」

 厳しいことで特に有名なあの教授は、特別カリキュラムの為に呼ばれた先生だ。佳音の父親も師事していたことがある。教授も月森も詳しくは教えてくれないのだが。

「1号棟、306号室・・・毎回教室が違うって、めんどくさい!」

 事務室で今日一日のスケジュールを受け取り、独り言をぶつぶつ言いながら階段を上っていく。しかも3階。

「いい運動だと思うことにしよう・・・」

 前向きな所は母親似だ。





「おはようござい・・・あれ?」

 始業時刻10分前には教室にいて、かつ調弦も済ませておきなさいという先生だから、5分前にドアを開けた主はてっきり教授だと思ったのだ。
 振り向きながら挨拶しかけた佳音が、その主を上から下まで見て絶句した。

「私・・・教室間違えた?」

「いや、合っている」

 静かに佇んでいたのは、鬼教授・・・と言ったら確実に怒られるので家族の前でしか言わないが・・・よりも遥かに遥かに若い、父と同じくらいの男性だった。しかも日本語を話す。見た目は東洋人だから、日本人なのかもしれなかった。

「月森佳音、だね。今日一日君の練習を見ることになっている」

「・・・日本語・・・」

「君は日本人だろう?私も日本人だから、日本語でも構わないだろう。それともご両親の教育の方針で日本語は話してはいけないのかね?」

「いえ、そんなことはありません」

「ならば良い。・・・始める前に、一つ頼みがあるんだが」

「はい」

「もう一人、生徒が増えても構わないだろうか」

 大抵この授業は佳音一人だから、もう一人いるということが驚きだった。

「・・・構いませんが・・・」

 すまないね、と苦笑交じりに呟いた表情が、少し雰囲気を和らげる。

(笑うと、何かお父さんみたい)

 顔は似ていないけれど、雰囲気が似ているのだ。
 だからそんなに構えることなく話せるのだろう。

「入りなさい」

 先生・・・後で聞いたら「星野 郁都(ほしの いくと)」という名前だと教えてくれた・・・の後ろからひょっこりと顔を出した少年。

「星野 聖弥です。よろしく」

「せいや、くん。月森佳音です」

 差し出した手をスルーして、持っていたケースを置いた。

(握手くらい、してくれたっていいじゃない・・・!)

 顔立ちが目の前の先生と似ているような気がして、二人を交互に見ていると「私の息子だ」と苦笑いした。

「普段は別の学校に通わせているんだが、君と同じコンクールに出るのでね。二人まとめて見たほうが早いと判断したわけだ」

「じゃあファイナルで争うのって・・・」

「君と俺、ってこと」

 この生意気そうな態度が気に食わない。かちんときた佳音が「あ、そう」とそっぽを向く。

「まあせいぜい頑張ろうぜ、佳音」

「・・・・・・」

 睨んだ所で、目の前の少年には痛くも痒くもなさそうだった。

「さて、君は調弦は終わっているんだね?」

「はい」

「聖弥、君も急いで終わらせなさい。その間に、・・・佳音くんの音を拝聴しようか」

「・・・はい」

 この高慢な態度や口調は父親譲りなんだ。
 そんなことを思いながら、ヴァイオリンを構えた。





「・・・そんな音でよくファイナルに残れたな」

 取り敢えずは黙って聴いてやっただけでも有り難いと思えよ。
 佳音にしてみれば、そのでかい態度が許せなかった。

「じゃああなたはどうなのよ!」

「少なくとも、君よりは上手いぜ?」

「・・・聴かせてもらおうじゃないの」

 コンクールではお互い自分のことに集中していて、他の人の演奏まで聴いたことがなかった。こうやって他人の演奏を間近で聴くのはあまり機会がない。

「聴いて逃げ出すなよ」

「・・・そのケンカ、喜んで買ってやるわよ・・・」

 聖弥が弓を下ろした。





 シューベルトのアヴェ・マリアだ。
 何でこんな簡単な曲、と最初はタカをくくっていたのだが。

(・・・綺麗な音・・・)

 透き通るような、優しい音だった。
 息を呑んで耳を傾ける佳音に、聖弥がニヤリと笑う。
 直後、ヴァイオリンに集中するその表情を、佳音は「綺麗だ」と思った。
 
(ヴァイオリンでこんなに綺麗な音が出せるなんて・・・)

 技巧に頼りがちだとよく言われる自分の音は、良く言えば「無難」、悪く言えば「無感情」。
 けれど目の前で奏でられる音楽を、佳音は初めて「欲しい」と思った。
 
(こんな音色で、ヴァイオリンを弾いてみたい・・・)

 音楽は心だとよく言う両親の言葉が、何となくわかった気がした。





「どうする?」

「・・・やめないから」

 授業を終えて校舎を後にしながら・・・先生は事務室に寄ってから帰ると言うから聖弥も一緒なのかと思いきや、何故か佳音にくっついてきた・・・、聖弥が不遜な笑みを浮かべた。

「今日の授業ボロボロだったじゃねえか。あんなんで出るつもり?」

「・・・出るわよ。あんたに負けないんだから・・・!」

「まあ吠え面かくなよ」

「そっくりそのまま返してやるわ!」

 ついてこないで!と言うと「どこ行くのか興味がある」と言ってのけた聖弥に絶句して立ち止まる。

「・・・ストーカー?」

「はっ、・・・それで納得するならそういうことにしてやってもいいけど?」

「むっかつく・・・」

 俺は好きだけど、としゃあしゃあと言う聖弥に、とうとう佳音がキレた。

「ついてこないで!警察呼ぶわよ!」

「おお怖い。・・・またな、カノン」

「・・・・・・!」

 ヴァイオリンケースを持っていない、空いた手を取り、その指先に口付けた。真っ赤になって二の句が告げない佳音にニヤリと笑うと、軽く手を上げて行ってしまった。

「・・・む・・・かつく!あんたなんか大っっっ嫌いなんだからね!」

 背を向けたまま、聖弥が手を上げた。





「っていうことがあったの!思い出すだけで腹が立つ!」

 家に帰るなり香穂子に「お母さん!おやつ!」とねだり、出てきたシフォンケーキにフォークをザクザク突き刺しながら今日の出来事をぶちまける。

「昔の誰かさんみたいなお話」

 お行儀悪いからやめなさい、と優しく窘めて、香穂子がフレーバーティーを一口飲んだ。今日はラズベリーだ。

「え?」

「ヴァイオリンの音色一つで黙らされちゃって。でもその音が気になってしょうがないのよね。わかるわー、お母さんもそうだったもの」

「・・・え?」

 両親が出会った時の話なんて聞いたことがなかったから、興味津々だ。

「・・・昔の話よ」

 さあ練習してらっしゃいと切り上げられて、結局今日もまた聞き損ねてしまった。
 両親の友達から少しだけ聞いたことがある、父と母の話。
 同じ高校で出会ったこと。
 学内コンクールで競ったこと。
 父が留学している間、ずっとお互いを想い続けたこと。


 
「ねえお母さん」

 ボロボロになったケーキを苦心しながら口に運ぶ。なあに?と優しい声が返ってきた。

「お母さんは、お父さんのどこが好きなの?」

 途端にげほげほとむせ返った母はかわいいと思う。きっと父も同じようなリアクションを返すんだろうな、二人はどことなく似てるから。

「どうしたの佳音。その男の子のことが気になるの?」

「ち、違っ!」

 まあまあ、と意外と早く立ち直った香穂子がにこっと笑った。

「お母さんも応援してるから、ねっ!」

「だから違うってば!」

 はいはい、と香穂子が笑った。





 練習部屋のドアをパタンと背中で閉めて、一つため息をつく。

「気になる、といえば、気になる・・・んだろうな」

 あんなに綺麗な音、お父さんとお母さん以外では初めてだから。
 技巧に頼ることをせず、心のままに弾いてごらん、と両親は言う。
 けれど、心のままに、なんて言われてもわからない。
 そう言えば父が「君も、誰かを好きになればわかる」と苦笑していたっけ。

「人を好きになったら音が変わるなんて、・・・そんなこと」

 そんな怖いこと、あるはずがない。
 生まれてから17年間、音楽が常に傍にあった。ヴァイオリンを手にしてからは、ヴァイオリンの練習だけを頑張ってきた。そうしたら、あの両親のような音色が手に入ると信じているから。

「恋をすればわかる」

 と父は言った。技巧に走る傾向にある自分の音が、もっと柔らかくなるだろうと。

「・・・怖い」

 佳音が呟いた。
 恋をして、いい音が手に入ればいい。けれど逆になったら・・・私はヴァイオリンを弾けなくなってしまう。そうなったら・・・どうしていいかわからない。
 
 またな、とあの少年は言った。
 ファイナルで会うのだから、確かにそうなのだが・・・会うのが怖い。
 あんな優しい音色を持つ少年に会うことが。
 こんなにも、怖い。



 その恐怖が、恋に落ちる始まりの予感であることを、佳音はまだ気付かない。

















タイトルの意味は「運命、それは繰り返す」だそうです。
出会いのシチュエーションやらは月森と香穂子のそれとは違いますが、ヴァイオリニストの娘がヴァイオリニストに恋をする、という運命が繰り返される、ということを書きたかったであります、が・・・微妙?
書いててすっごく楽しかったです、このお話。
このタイトルを月森と香穂子に当てはめるのが難しかったので、子ども設定にしてしまいました・・・うう・・・やらんと思ってたのになあ・・・
これに味を占めて、子ども設定のお話が出てきたら笑って下さいw
 

2010.11.28UP