Die Jahreszeit rotiert.

 




 もう何度目の春を迎えただろう。
 春とは言ってもウィーンはまだ寒い。少し暖かい陽気が射すだけだ。
 傍らにいた香穂子の頭がかくんと落ちた。

「香穂子。寝ているのか?」

「んー・・・」

 もぞもぞと居心地のいい場所を探して、また寝息を立て始めた。
 仕方がないなと苦笑して、読んでいた本に視線を戻す。



 本は語る。

「春が来て、夏が来て、秋が来て、冬がくる。でもいつも同じじゃない。一つとして同じ春はないし、同じ冬もない」

 と。
 そして相手が返す。

「僕にはいつも同じだった。春の桜も、夏のヒマワリも、秋のコスモスも、冬に咲く雪の花も。全てがモノトーンでしかなかったし、傍には誰もいなかった」

「けれど貴方の上には、今確実に春という季節が存在しているわ」

「春という季節が僕にはどんな色彩を持つものなのかわからないし、それを知ろうとも思わない」

 そして本は最後に言う。


 
「君という季節しか、いらない」



 パタンと本を閉じた。
 かけていた眼鏡を外して、その上に置いた。
 香穂子は深く眠っているようだった。
 穏やかな寝息が聞こえている。



 君と再会して、何度も季節を越えて。
 また巡ってきたこの時期になると、いつも思い出す。
 君を遠く日本に置いてきた季節を。
 
「季節は巡るんだよ。誰の上にも平等に」

 いつの間に起きていたのか、香穂子が呟いた。

「ドイツ語の原書を読めるようになったとは、驚きだな」

「私だって毎日勉強頑張ってるんですよ!」

 蓮には及ばないけど、と唇を尖らせた。

「その国の言葉で書かれた本が読めるようになれば立派なものだ」

「・・・白状すると」

 その本を読んだわけではないのだと言う。

「君という季節しかいらない、って言ったでしょ」

「・・・言っただろうか」

 最後のフレーズを、俺も口に出して読んでいたということか。それはそれで恥ずかしい気持ちがする。

「一人だけの上に、特別な季節があるわけじゃないの。誰の上にも、おんなじ季節がやってきて、おんなじように過ぎていくんだよ。その中で私が何を感じて、何をしてきたのかを、その季節は知ってるだけ」

「・・・ああ」

 だから、思い出すのだろう。
 この時期になると、俺が何を思い、何をしていたのかを。

「Die Jahreszeit rotiert.」

 香穂子が言った。

「覚えてて、蓮」

 体を起こして、俺を覗き込む。

「私には、いつだって蓮がいる。蓮にも、いつだって、私がいる」

「ああ」

 その手を握る。ヴァイオリンを弾く指。それでも柔らかくしなやかに、俺を包み込んでくれる。

「香穂子」

 抗えない衝動に、指先に口付けた。





「ずっと、君だけを愛している。・・・香穂子」















ヒトリゴト。(ブログより

言葉の意味は「季節は巡る」だそうです。
何度かこの手のお題を書いているので、正直かなり考えました。

 2010.11.27UP