Ein frischer Anfang.

 




「何を考え込んでるんだい?」

 という言葉ではっと我に返った。顔を上げると、大学で同じヴァイオリン専攻の友人が立っていた。

「アレクか・・・」

「僕で悪かったね。恋人の事でも考えていた?」

 否定しない月森に、アレクがにやりと笑った。

「君は次の休みも日本に帰らないのかい?恋人に会いに行かないの?」

「日本には、帰らない」

 へえ、とアレクが意外そうに片眉を上げた。

「こんな遠い距離で、しかも長い間、彼女が他の誰かに目移りするかもとか不安じゃない?」

 それとも自信があるから帰らないの?なんて呑気に笑う友人に、月森が告げた。

「考えていたのは確かに恋人のことだ。だが・・・その後に『だった』とつくが」

「恋人・・・だった?」

 ああ、と月森が頷いて、結局読まなかった本をパタンと閉じた。

「それじゃあ」

「ちょっと、待っ」

 掴もうとした手が空振り、急いで隣に並ぶ。奇しくも次の講義が一緒だから振り切れない。

「別れたの?」

「・・・いや」

「じゃあどうして過去形なんだい?」

「・・・・・・」

 何も答えない月森にアレクはなおも畳み掛ける。

「はっきり別れたんじゃなければ、会いに行けばいいじゃないか。もう一度やり直そうって、言えばいい」

「・・・できない」

「どうして?」

 たった一人に出会えた奇跡を、自分は、己の手で手放したのだ。
 できるわけがない。
 今更どの面下げて会いに行けというのか。
 
「レン。君は、失う事を恐れているね」

 唐突な言葉に、思わず立ち止まる。

「それとも、失って初めてその大切さに気付いた?」

 月森の表情が歪む。
 そんな感情を露わにしたことが、目の前の友人には少し意外だった。

「気付けたのなら、その彼女と出会えたことも意味があるんだよ」

 そんな小さな言葉でまとめられるような想いじゃない。
 そんな簡単な恋じゃなかった。

「新しい始まりに、目を向けてみるのもいいと、僕は思うけどね」

 アレクがぱちりとウィンクをしてみせた。



 確かに女性は香穂子一人ではない。こちらに来てからそんなアプローチをいくつか受けたこともある。全て断ったが。
 けれど、あれほど一人の女性を好きになって、愛したことはなかったし、これからもないだろうと思う。
 もう何年も経つというのに、香穂子の残像が頭から離れない。

「レン。僕から一つアドバイスをあげるよ」

 アレクがにこやかに笑って言った。

「失った愛を取り戻すには二つの方法がある。一つは、時間を置くこと。時間が経ってまだ彼女を想うなら、それは本当の愛だということさ。そしてもうひとつは」

 いったん言葉を区切って、アレクがにやりと笑った。



「奪いに行くのさ」



 健闘を祈るよ、とぽんと肩を叩いた。











ヒトリゴト。(ブログより

言葉の意味は「新しいはじまり、やり直し」だそうです。
そういえば月森の大学在学中のお話ってあんまり書いたことないなあと思いまして。
 

2010.11.23UP