だって好きでしょ




 

 彼女はとにかく話題に事欠かないといつも思う。
 話している内容は些細なものだが、話の引き出しが多い。
 ゆえに話がぽんぽんと飛んだりするから、たまについていけなくなる時がある。
 そういう時はいつだってちゃんと立ち止まって、月森が話の内容を理解するまで待っていてくれるのだが。





「新しい楽譜を探そうと思うんだけど、月森くん付き合ってくれる?」

「ああ、構わない」

「ありがとう!新しい楽譜と言えば、こないだ天羽ちゃんにね、やってほしい曲があるって言われたの」
 クラシックなどとんと疎い天羽がリクエストとは珍しい。
 そう思っている事を隠しもせずに顔に出してしまい、香穂子が声を立てて笑った。

「珍しい、って顔してる」

「ああ、まあ・・・事実だろう?」

 容赦ないなあ、などとからりと笑って答えた曲名は、月森の知らない曲だった。

「クラシックじゃないからね。私はどっちかっていうと、クラシックよりはこういう曲のほうが馴染みがあるんだけど」

「それは・・・そうだろうな」

 今年の春まではヴァイオリンに触れたこともない、ましてやクラシックなど縁遠い世界のものだと思っていた香穂子が学内コンクールメンバーに選ばれ、月森に散々言われながらも最後まで出場したのは、ほんの数ヶ月前のこと。

「なぜその曲を?」

「ヴァイオリンで聴いてみたいだけ、らしいよ」

 ヴァイオリンが弾ける友達がいるほうが貴重だから、クラシックだけじゃなくてポップな曲を弾いてもらいたかったんだって、と香穂子がのんびりと続けた。

「月森くんと二人でやってほしいって言われたんだけど・・・」

 上目遣いでそれとなく「お願い」する香穂子に、月森は弱い。・・・自覚はないが。





 譜読みは割と得意なほうだと思う。
 集中すれば、短いものだったらほぼ一回で大体覚えられる。

「知ってる曲なのに、月森くんのほうが覚えるの早い・・・」

 情けない声で香穂子が楽譜を追っている。

「俺だって全て覚えているわけじゃない。ある程度のメロディを把握しただけだ」

「でも」

 香穂子が躓いてしまう箇所を弾いて見せた。たった一回、楽譜に目を通しただけで。

「たったの6小節だろう。一度見れば弾ける」

「・・・・・・」

 その「たったの6小節」に四苦八苦している香穂子には、羨ましい限りだ。

「・・・がんばるもん」

「そうしてくれ」

 珍しく月森がいたずらっ子のような笑顔を見せた。






 一人で聴くのはもったいないからと、手当たり次第に声を掛け(顔の広い天羽だからして、それなりの人数になるのだが)、更にそこから噂が立ち・・・

「たった一曲だけなのに、すごい人」

「ある意味では、天羽さんの人脈は侮れないな」

 げんなりと呟いた月森に、盛大に声を立てて笑った。

「敵に回すと怖いってことだね!コンクール中、よく無事だったね?」

「・・・そうだな」

 オンとオフをきっちり線引きする天羽だから、コンクール中にあれだけ邪険にしても大丈夫だったのだ。

「やっほー、お二人さん!」

 いつものように首からカメラをぶら下げて、天羽がやってきた。

「なんで、カメラ?」

 香穂子が不思議そうに指をさして尋ねると。
 あっけらかんと天羽が言ってのけた。

「いやあ、せっかくだからさ、記事にしようかと思って。『ヴァイオリン・ロマンスで結ばれた二人のデュエット』・・・なんちゃって」

 月森の零下に達する勢いの視線に睨まれて、あっさりと「やめとく」と翻した。

「今回は個人的な頼みごとだからね。カメラは触らないってことで、どう?」

「・・・そうしてもらおう」

 かくして天羽いわく「ヴァイオリン・ロマンスで結ばれた二人」の一曲だけのリサイタルが始まったのだった。





 リクエストされたはいいが楽譜がバンドスコアしかないとのことで、原曲を聴いた上で月森が編曲したものだ。
 ワンコーラスのみだが、なかなかに楽しい作業だと月森が楽しんでいた。

「編曲や作曲は授業でもやるんだが、これはなぜか楽しいと思う」

 香穂子とやるからでしょうと後から天羽に突っ込まれていたのは余談だが。
 最初はスローで。
 中盤から主旋律を交互に織り成すようにすることで、聴衆の目も楽しませる。
 また香穂子の技術もそれなりに磨かれるだろうと思ってのことだったが、悪戦苦闘していたのは最初だけで、コツをつかんでしまえば楽しそうに弾くようになった。
 最後はどんどんペースアップしていく。
 原曲を聴いたとき、盛り上がらせる為なのだろうと最初は思ったのだが、聴いていくうちになんとなく違う気がしてきた。
 歌詞がそう思わせるのだろうが、破滅的というのか、自暴自棄になって全てを・・・命さえをも投げ出してしまう、そんな印象があるのだ。
 そんな解釈で弾くから、純粋に盛り上がろうと弓を引く香穂子とは音が違うものになってしまう。
 最初は戸惑い気味だった香穂子も、この曲が書かれた背景を調べてきて「確かにその通りだった」と資料を見せられたときには、月森は心臓が止まりそうだった。
 実際に自分の命を賭けた。そして、その失われた命の為に、この曲がある。
 そう遠くない過去に自ら命を絶った若者たちの、叫びの歌。

(破滅的なんじゃない)

 最後のペースアップにさしかかる。
 生徒たちがリズムに乗って手拍子する中、月森は唐突に思った。

(希望、なんだ)

 自分の命は絶たれても、残った命が紡がれてゆく。叶えられなかった希望を遺して。
 だから、この曲は・・・





「すっごい!すごかったよ二人とも!リクエストした甲斐があったよー!ホントにありがと!」

 二人同時に弓を下ろしたと同時に、天羽が真っ先に拍手を送る。
 聴いていた聴衆も引き込まれていた二人の世界から我に返るなり、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
 久々にのめりこんだ、と月森は少し呆然としていた。
 曲に飲み込まれることなんて、今までになかったことだった。

「途中で音が変わった感じがしたけど、どうしたの?」

 群がっていた生徒たちが散っていき、天羽と三人だけになった。

「最後の辺りから、明るい感じになったね」

「ああ・・・この曲は、希望なんだなと思ったんだ」

「希望?」

「社会的な事情で生きられない自分の命を、自暴自棄になって投げ捨てる・・・最初はそう思っていた。だが、さっき唐突に思ったんだ。この歌は、俺た ちへの希望なんじゃないかと。遺された命に、自分たちの命の灯を注いで、紡いでいく。そうして叶えられなかった願いを、今の俺たちに叶えてほしいと」

 二人は静かに聞いている。

「そう思ったら、今までの解釈ではない音で弾いていた。すまない、戸惑わせてしまったな」

 突然音色が変わったことに驚かなかったわけではない。
 しかし月森の顔を見ていたら、何となく腑に落ちた表情だったから。

「ううん。気にしないで」

 ポップな曲で月森にとっては戸惑うばかりだっただろうに、無理を言ったのは香穂子(首謀者は天羽だが)なのだ。にもかかわらず、こんなにスッキリした表情をしてくれるなんて思っていなかったから。

「君と二人でこの曲を弾けて、良かった」

「そんな風に考えながら弾いてくれてたんだね。よっぽど好きなんだね」

「え?」
 天羽から飛び出た言葉に、月森が振り返った。

「だって、好きなんでしょ?」

 月森が完全に固まった。
 香穂子も「えーっと」と頬をぽりぽりと掻いている。

「この曲、気に入ってくれたみたいで、リクエストした私としても嬉しいよ!」

「・・・・・・」

 そっちか、と二人で苦笑いしてしまった。あはは、と香穂子の乾いた笑いが微妙な空気を更に微妙にする。

「あれ?何か違うこと言った、私?」

 天羽がポカンとして二人を交互に見やるが、揃って「何でもない」と首を振るばかりで、結局天羽にはわからなかった。

「あ、そうだ。これ」

 天羽がカバンから取り出したのは、遊園地のチケットだった。

「もらい物なんだけど。今日のお礼ってことで」

「え、お礼なんて・・・」

 まあいいから貰っておいて損はないからさ、と明るく言い残し「じゃあね!」と走り去ってしまった。

「期限が今度の日曜までだよ、これ」

 そんな期限が迫ったチケットを寄越すとは天羽らしいと言えば天羽らしいのかもしれない。
 なかなか進展しない二人の仲にやきもきしていたから。

「今度の日曜に、行ってみようか」

「え、ホント?!」

 やった!と小さく飛び跳ねる香穂子に、優しく微笑んだ。
 新しい境地を切り開かせてくれた上に遊園地のチケットまでもらってしまったが、たまにはいいだろう。

「・・・好きだからな」

 ぽつりと呟いた月森に、今度は香穂子が固まる番だった。










ヒトリゴト。(ブログより

オチが出てこなくて困りました(汗

二人が演奏している曲は「島唄」です。ブログ掲載時は楽曲名を書いていいものか迷ったのですが。知ってて読んだほうがイメージしやすいかなと思ったので。

 

 

2010.6.27UP