| con brio 〜君の歌声〜 |
最近、香穂子の様子が変わった。
悪い意味ではなく、いい意味でなのだが。
しかし。
「楽しみだねえ」
「・・・そうだろうか」
駅前通りへと向かう交差点を渡った辺りで、香穂子がそう言いながら俺の手を握った。
寒い真冬・・・学校は冬休みだ・・・に、何を好き好んで出かけなければならないんだろうと以前の俺なら思っていたが、香穂子と出かけるのならば話は別だ。
しかし、今は・・・出かけるのが億劫でたまらない。
何度となく嫌だと言ってきたのに、今朝は俺の家まで迎えに来たのだ。
「だって、楽しみなんだもん」
お迎えに来たよ、とにこやかに笑って言われてしまえば、俺の負けだ。
仕方なく外出し、目的地へとまさしく「連行」されている。
「とうちゃーく」
駅の喧騒がどこか遠くに聞こえる程度には静かな場所に「それ」はあった。
「・・・香穂子」
「あー月森くん、やっぱり帰ろうとかはナシね」
彼女にしては(というと失礼だが)俺の言いたいことを察知して先回りされる。
大きなため息をついて、俺は思わず「それでも嫌だ」と呟いてしまった。
「月森くんも、案外ハマるかもしれないよ?」
「それはないと断言しよう」
えーそうかなあと首を傾げつつも「さあ行こう!」と俺の手を引っ張る。
ここまで来たら観念するしかないんだろう・・・俺は引っ張られるままに建物の中へと足を踏み入れた。
事の発端は何だったか・・・ああ、確か香穂子が天羽さんと冬海さんで行ったという話しから始まったんだ。
「月森くんも行ってみようよ。行ったことないでしょ?」
「ない。が行ってみたいとも思わない」
「えー、そうかなあ。月森くんの歌う声ってかっこいいんだけどなあ」
「・・・俺がいつ歌った?」
え、と香穂子が驚いた表情で振り返った。
「月森くん、気付いてないの?」
「?」
「気付いてないんだ。そっかー、もったいない」
結局いつ俺が香穂子の前で歌ったのか教えてくれなかった。
「絶対楽しいから。ね?」
「断る」
香穂子が立ち止まった。頬を膨らませて。そんな表情も可愛いと思う自分はどうなんだろうと思う。
「そんな顔をしてみせても無駄だ」
「・・・そんなこと言っても無駄だからね」
と聞こえたような気がしたのは、気のせいではなかった。
翌日、まもなく昼になろうかという頃に、あろうことか自宅まで迎えに来たのだから。
「いいストレス発散になるよ、カラオケ」
「・・・・・・」
もう俺には何も言うことはない。
「じゃあ最初は私ね」
手馴れた様子でリモコンを操作する。
やがて騒音としか言いようのない音楽が始まると、俺はかなり驚いた。
そういった曲を知っているのか、彼女は。
・・・しかし、ヴァイオリンに出会うまでの彼女ならば、こういった音楽が当たり前だったのだろう。
生き生きと歌い始めた彼女の歌声に集中しようと香穂子を見つめた。
「次は月森くんね」
「俺は・・・」
「前にMD渡したやつ、覚えてくれたんでしょ?」
そうなのだ。
一ヶ月ほど前だろうか・・・クリスマスコンサートも近いというのに、ある日突然渡されて「覚えてね」と言われたのだ。コンサートが終わってからでいいからと言うから、冬休みに入ってから初めて聞いたのだが・・・。
「一応、覚えたが」
「うん、じゃあ、はい」
渡されたのは、香穂子が持っていたマイク。
手を伸ばそうとしない俺に「もう!」と笑って呆れながら、香穂子が無理矢理握らせた。
そうこうしているうちに俺が歌うらしい曲が始まってしまった。
「わー、楽しみ!」
全開の笑顔でパチパチと拍手する。
仕方なく、俺は口を開いた。
「・・・反則・・・」
立て続けに曲を入れたらしく、3〜4曲は歌わされたその後で、香穂子が呆然と呟いた。
「難しいのばっかり入れてたのに」
「そうだろうか」
さして難しいとも思わなかったが、とは言わない。
「月森くんの声って、やっぱり、ホントに・・・」
そう言ったまま黙ってしまう。
その視線が何を言いたいのか物語っているようで、俺は小さく微笑んだ。
「君の歌う声も、可愛いと思うが」
かあっと香穂子の顔が真っ赤になる。
「私はいいの!今日は月森くんにいっぱい歌ってもらうんだから!」
「まだあるのか?」
「MDに入れてた曲、まだ覚えてるでしょ?」
ここで覚えているなどと言えば全て歌わされるのは目に見えている。しかし彼女は俺の言うことなど聞く耳持たずだ。
結局、香穂子から渡されたMDに入っていた曲全てを歌わされることになってしまったのだった。
ヒトリゴト。(ブログより一部
うーんビミョー・・・(書いたの私
最初は初詣の話だったんですが、そういやカラオケネタ書きたかったんだと思い出し(おいおい)、そっちに変更。
年明けの、学校が始まるまでのほんの数日、のお話です。
ちなみに意味は「生き生きと/元気に」という意味だそうです。
2010.9.9UP