| giocoso 〜いたずらな言葉〜 |
翌日。
香穂子が月森邸に訪れると、お手伝いさんが出てきて、案の定まだ寝ていると言う。
昨日は長旅で疲れている上に夜も出歩いたから、疲れているんだろう。
また出直してくると言ったのだが、お手伝いさんに引き止められてお邪魔することになった。
リビングで紅茶と頂き物だというクッキーなどが出され、寂しいからいてくれと頼んだお手伝いさんと一緒につまみながら、月森の子供の頃の話などで花が咲く。
いつか写真もあったら見せてもらう約束をしたところで、月森が起きてきた。
「香穂子。・・・ああ、もうそんな時間なのか。すまない」
「いいよ、気にしないで。・・・蓮の子どもの頃の話とか聞けたから」
香穂子が「蓮」と呼んだ瞬間に、月森の目が見開かれ、次いで・・・真っ赤になった。
動揺して手を口元に当てたが、二人にはしっかり見られている。それに気付くと「あ、いや・・・」と言葉を濁してバスルームへと行ってしまった。
「あらまあ・・・」
お手伝いさんも目をぱちくりして驚いている。
当の香穂子も顔を赤らめていたからだった。
既に届いていたスーツケースを開ける。
「珍しく二つもあるんだね。随分かさばるものなの?」
「これだけでスーツケース一つ使ったんだ。母のを借りてきたんだが、しまうのに苦労した」
「えー、何だろう?」
パチンと音を立てて開かれたスーツケースから真っ白いふわふわしたものが溢れるように飛び出してきた。
「これ・・・」
もしかしてと手繰り寄せてみると。
「ウエディングドレスだー!」
ひっかけないように細心の注意を払いながらドレスを取り出す。
きちんとヴェールまであった。
「母が結婚するときに着たものだそうだ。きっと君に似合うから着てほしいと」
サイズの直しは多少入れなければならないだろうが、是非着てほしいと持たされたのだ。
おかげで重量制限を少しオーバーして超過料金を払う所だった・・・航空会社の親切で払わずに済んだが・・・とは香穂子には言わないでおこう。
「皺にならないように、かけておいたほうがいいな」
お手伝いさんに頼んで、ドレスを吊るしておいてもらうことにする。
「その前に」
月森がいたずらをする子どものような笑みを向けた。
「着てみてくれないか?」
「え、えっ・・・えええ〜?!今?」
「ああ、今」
サイズが合わない所があるだろうから・・・主にウエスト部分を心配しているのだが・・・と遠慮する香穂子にサイズ直しの時に着るのだから今でも同じだと黙らせて、月森は廊下で待つことにした。
「い、いいよ・・・」
中から香穂子の声が聞こえた。
一応「失礼する」と断って入ると・・・
「香穂子・・・」
月森が言葉を失った。
それを悪い意味に取ったのか「だから言ったでしょ、サイズ合わないからおかしいって」とジタバタし始めた。
「いや。逆だ。とても・・・似合っている」
サイズ直しは殆どいらないようだと月森は思う。
呆けたようにじっと見つめるその視線に耐えられなくて、香穂子は真っ赤になって俯いた。
「恥ずかしいよう・・・」
「母も喜ぶだろう。顔を上げてくれないか」
恐る恐る香穂子が顔を上げると、これ以上ないほどの優しい顔で見つめる月森があった。
「結婚式が楽しみだな」
「まだ先の話なのに」
「今の君の姿を覚えておこう」
「どうして?」
ふ、と月森が笑う。
おどけたように少し肩をすくめ、香穂子の反応がわかるようにじっと見つめて。
「君に会えない間、今の姿を思い出せたら、寂しさを感じなくて済むだろう?」
「・・・え?」
その言葉の裏に隠された意味を探ろうとする間もなく、香穂子は視界を遮られた。月森の唇によって。
ヒトリゴト。(ブログより
giocoso おどけて、楽しげに、嬉々として
という意味があるそうですが、月森の最後の言葉でそれをあてはめてみました。
僕の名前を呼ばない唇ならいらない の続きです。
2010.7.22UP