| grave 〜きみのとなり〜 |
言えずにいることがある。
「香穂子」
久々のオフで、一日のんびりと過ごした。
朝は少しゆっくりと眠って、昼はマーケットに出かけて。もう一度出直して夕方は近所の公園でヴァイオリンを弾いた。
夜はレストランで食事をして、たった今帰宅したところだ。
紅茶を淹れてくれた彼女からカップを受け取る。
隣に座ってくれるように手で示した。
「どうしたの、真剣な顔で」
「君に言わなくてはならないことがある」
「?」
ジャケットの内ポケットから、数枚の紙を取り出した。
「これ、は?見てもいいの?」
「ああ」
香穂子が目を通している間、俺は黙って香穂子の表情を見つめていた。
「蓮、これって・・・」
「君に、持っていてほしい」
え、と香穂子の動きが止まった。
「正式なものは家の弁護士に預けてある。それは写しだが、何かあった時の為に取っておいてくれ」
「でも・・・」
今まで両親がかけてくれていた保険を俺自身が払うことにした保険。そしてヴァイオリンの保険。
受取人は全て香穂子にしてある。
それらの写しを香穂子に預けたのだ。
そしてもう一枚。
「遺書だ」
香穂子の喉からヒュッと音がした。
数瞬の間、息が止まる。
ゆっくりと、書類から視線を上げる。
その瞳を見つめ返した。
「保険も何もかも。俺に何かあった時は君が受取人になる。それだけ、覚えておいてくれ」
「・・・・・・」
香穂子が何かを言いたげに何度か口を開いては、閉じた。
「君が大事だから、取った手段だ。君に言うべきか少し迷ったんだが・・・いつかは言わなくてはならないことだから。だからそんな顔をしないでほしい、香穂子」
今にも零れ落ちそうなほどの涙を浮かべている彼女の、その涙を拭う。
「蓮・・・」
「俺に万が一のことがあっても、君が先を心配しなくてもいいようにと考えた結果だ。この先、子どもが生まれたりもするだろう。状況が変化すれば、それに応じてまた一緒に考えよう」
俺が先立てば、香穂子の生活はできなくなる。
日々の貯えも勿論だが、それだけではやっていけないだろうから。
この先、香穂子が先々を心配しなくてもいいように。
今できる、俺なりの精一杯の保障。
沈黙が流れる。
香穂子の小さな嗚咽だけが聞こえている。
「・・・蓮。その、・・・ありがとう。私のこと考えてくれて」
「ああ」
書類の写しを丁寧にたたみ、テーブルの上に置いた。
「ずっとずっと、一緒だよ」
「ああ」
「どっちか先に逝くことになっても、お墓の中でまた一緒だよ」
「・・・ああ」
「だから・・・」
「いつも、君の隣にいる」
君の傍に、ずっと。
だから、何も心配しないでほしい。
ずっとずっと、笑っていてほしいから。
「いつまでも一緒だ、香穂子」
うん、と頷いた反動で、涙が零れ落ちていった。
ヒトリゴト。(ブログより一部
grave(グラーヴェ) 重々しい という意味だそうです。
英語でも全く同じスペルで「グレイヴ」と読む単語があります。死に場所という意味もあるそうですが、私は「墓」と習いました。「visit grave」で「お墓参り」。
そういった色々な意味を「保険」で引っ掛けてみたけど・・・難しいなあ。
思いついたら書く!タイプなので、もうちょっと寝かせて推敲するとか、覚えたほうがいいですな。
2010.7.30UP