| grazioso 〜とある一家の食卓〜 |
約半年ぶりに母が帰ってくる。
それに合わせて家族全員が揃うからと放課後はまっすぐ帰宅した。
お手伝いさんが作った食事は「半年ぶりの日本だから」と気合の入った和食で、多少好き嫌いの自覚はある月森だがどれも美味しいものばかりが並ぶ。
先付は菜の花の酢味噌和え。
刺身は出来合いのようだが、どれも新鮮なものをとお手伝いさんが求めたものだ。
蛤の汁物に、メバルの煮付け。サイコロステーキは最近会席料理でも出されることがあるようだ。ポン酢でさっぱりと食べられた。
野菜のてんぷらは、どこで手に入れたのか、フキノトウがあった。子どものころは苦くて食べられなかったが、数年ぶりに食べてみたらその苦さが美味しいと感じられる。そんな話をしたら「蓮は酒飲みになるかもしれないね」と祖父に笑われて、月森は押し黙った。
海草の酢の物で食事を締めると、大人たちが引っ張り出してきたアルコールの進み具合も早くなってくる。とはいえ、この後の「お楽しみ」があるから大した量ではないのだが。
月森家唯一の未成年は、そんな大人のやり取りを見ながら一人デザートの苺を・・・お手伝いさんがアルコールの代わりにと多めに出してきたのだ・・・食べていた。
「そういえば、蓮は学内コンクールのメンバーに選ばれたそうね」
母のヨーロッパツアーでの出来事や、父の出張先での興味深い話が一通り終わると、その矛先は一人息子へと向けられた。
「はい」
「準備は進んでいるの?」
「順調です」
味も素っ気もない返事だが、それなりに家族を思っているとわかる。
初耳だった祖父と祖母は興味津々で身を乗り出してきた。
「来週第一セレクションで、テーマは『秘められしもの』です」
「曲はもう決まっているの?」
「感傷的なワルツで出るつもりです」
根っからの「音楽一家」は、楽曲名を聞いただけで音楽談義に花が咲く。
しかし月森にとっては色々な解釈や楽典にも載っていないようなエピソードを聞けたりするから面白いと思っている。
「そういえば、今回は普通科からも生徒さんが出るんですって」
どこから聞いてきたのか、美沙が言った。
顔合わせの時に会った程度だったが、普通科からの出場者ということでその場にいた全員が・・・表には出さなかったが月森でさえ・・・興味津々で見ていたのだ。
「俺と同じヴァイオリンで出るそうです」
まあ、と祖母が驚いたような声を上げた。
「ライバルね?」
「それは出場者全員に言えることで、彼女だけがライバルじゃありません」
「でも同じ楽器だから比べられやすいでしょう」
「日野さんがどれほどの技術を持っているのか俺にはわかりませんが、同じ楽器であろうとなかろうとコンクールという土俵に立っている事は同じです。異なる楽器で優勝を競うなど俺には理解できませんが、選ばれた以上は最たる結果を出すつもりです」
美沙が小さくため息をついた。星奏の学内コンクールは、順位を争う為のものではないと聞いている。いつの間にかそうした順位にこだわるようになってしまった息子に、いつか音楽はそれだけではないことをわかってくれたらと願うのだった。
片づけを終えたお手伝いさんが帰っていき、リビングに移動した家族達は銘々好きなように過ごしている。
「何か一曲、お手合わせ願おうかな」
いつもの、両親が言い出して始まる「お楽しみ」は、普段なら両親から始まるのだが今日は月森がスターターに選ばれた。
母の美沙が軽く手慣らししている間に、月森も手早く調弦を済ませる。
それぞれがそれぞれのリクエストをするから、演奏する曲は結構なものになる。しかも、どれも今の月森には今ひとつ表現しきれない「優しい」曲ばかりだ。
人を好きになればわかるわよ、なんて美沙は笑うけれど、そんなことで音楽に影響が出ることが月森には信じられなかった。
(俺が、人を好きになることがあったら)
いつかその人に向かって弾いてみたいと思う曲がある。
技術的に弾けないわけではないが、何となく、人前で弾くことが躊躇われている。例え家族の前であろうと。
リクエストされて弾いたこともあるが、月森自身の中ではまだ弾けていない気がするのだ。
24のカプリース 第24番。
いつか、弾いてみたいと思う。
そう、願う。
それはすぐにやってくるかもしれないし、もしかしたら、ないかもしれない。
できることなら、そう遠くない未来であればいいと心のどこかで思いながら、月森はリクエストの為にヴァイオリンを構えた。
ヒトリゴト。(ブログより
香穂子が出てきません(何
優雅っていったら月森家。という図式ができあがっておりまして(柚木家とか冬海家とか加地家でもいいんだろうけど、ここ基本的に月日オンリーのブログなので。笑)、こうなりました。
優雅な食卓と言えば、洋食フルコースか会席料理。設定上後者にしましたが、メニューが・・・難しい(汗
一部は最近の会席風にしてみました。
オチなし、というのは最初から考えていたことです。
普段の(?)月森家っていう感じで読んでいただければと思います。
2010.7.20UP