| vivo 〜いっしょにかえろう〜 |
「あーっ!月森くん、ちょっとゴメン!」
後ろから大きな声で呼ぶ声に驚きを隠せず、ぎょっとして振り返る。
月森よりも少し後方、更に上のほうを見ながら香穂子が全力で走ってくるところだった。
「お願い、間に合って!」
よくわからないまま月森が思わず後ずさる。
「えいっ!」
全力疾走の勢いのままでジャンプするから、走り幅跳びのように結構な距離を飛んだ。
その先に。
「あぶな・・・!」
「やった!」
確か走ってきた時には握られていなかった紙・・・楽譜のようだ・・・を握り締めて着地しようとしたその先にあったのは、でんと腰を据えた木だった。
「!!!」
ドンッと音がして、声もなく落ちた香穂子が頭を・・・というより額を・・・押さえてうずくまる。
「日野、大丈夫か?」
さすがに目の前で起こった惨劇(少なくとも香穂子にとっては)を無視できるほど非道ではなかった月森が、動かない香穂子に近寄って声をかけた。
「・・・日野?」
「・・・痛い・・・」
「当たり前だろう。傍から見れば木に向かって飛んだようにしか見えない」
「あはは・・・」
そうだよねと香穂子が乾いた笑いを漏らす。
月森はため息をついて手を額に当てた。
「ケガはないか?」
「うん、平気」
そう言いながら月森を仰ぎ見る香穂子の額が真っ赤になっていた。
「擦り剥いているじゃないか」
「え?あ、ホントだ。どうりでヒリヒリすると思った・・・」
「跡でも残ったらどうするんだ。保健室に行こう」
「一人で行けるから大丈夫だよ。月森くんは練習続けて」
そう言われてハイそうですかと引き下がれるわけがない。言い出したのは自分なのだから。
「いいから。ちょっと待ってくれ」
開きかけのヴァイオリンケースを閉じてカバンを持つ。そうして振り返ると、微妙な表情で香穂子が月森の様子を見ていた。
「何か?」
「う、ううん。ごめんね、月森くんの練習時間減らしちゃって」
「君に気にされるようなことじゃない」
「・・・・・・」
暗に「関係ない」とも受け取れる言い方をしてしまったことに気がついて「あ、いや・・・」と口ごもる。
「すまない、そういう意味で言ったわけじゃないんだ」
「・・・うん」
沈黙。
ただ二人の足音だけが響く。
月森がそれ以上何か説明すべきだろうかと考えているうちに、保健室へとたどり着いてしまった。
保健室の入り口には「職員会議中」と札がかかっていた。
「先生、いないみたいね」
「そのようだな」
言いながらガラリと開けると、誰もいない。
ただでさえ苦手意識のある月森と同じ空間に二人でいるなんて、香穂子にとっては居心地が悪すぎる。
「一人でやるから」
「鏡もないのに?」
う、と香穂子が黙る。小さく嘆息して「そこに座ってくれ」と促した。
「いた、いたたたた!」
「当たり前だ。きちんと押さえていないと目に入る」
「・・・はあい」
思いのほか器用に手当てをする月森に、香穂子も少しずつ緊張の糸がほぐれてきた。
何だかんだ言いつつ月森がちゃんと受け答えしてくれることに、香穂子は気がついた。
時々月森の息がかかるほどの近さで交わされる会話は可愛げも何もないものだったが、この距離のおかげでお互いの間にあったぎこちない空気がなくなっていくようだった。
「月森くん」
「何だ?」
言うべきか少し迷ったが、呼びかけてしまった以上は言うべきだろうと思ったのと。
これを言ったらどんな反応をするんだろうという興味半分で。
言ってみた。
「月森くんて、意外と世話焼き?」
「・・・は?」
きょとんとして香穂子を見下ろすその表情が月森らしからぬ子どものようなものだったから、ぷっと吹き出してしまった。
「失礼だな君は。人の顔を見て笑うな」
「あはは、ごめんごめん。月森くん可愛い顔したなーって思って」
今度こそ顔を真っ赤にした月森に、また盛大に吹き出す。
「・・・・・・」
「ご、ごめん・・・・・・ぷっ」
笑いをこらえきれない。
ささやかな仕返しに、オキシドールを含ませたコットンを手荒く押し付けた。
「痛いっ!」
「そうだろうな」
「ひどいよ月森くん・・・」
ひどいのはどっちだと心の中で言い返してやりながら、黙って手当てを再開すると、さすがに香穂子も黙り込んだ
「これでいいだろう」
「ありがとう、月森くん」
いや、と片づけをしながら返す。
「それにしても、君の活発さには驚いたな。学校中を走り回っているようだが、練習はしているのか?」
「練習の為に走り回ってるんですよー」
ファータが持つ楽譜を集めなければ、練習ができないのだ。
多少必死にもなるというものだろう。
「あと4枚・・・森の広場をもう少し探せばいるかなあ」
「ファータか?」
うん、と香穂子が頷く。
「これがいいっていうのがわかんなくて。とりあえず全部集めてから考えようかなって」
コンクールメンバーに選ばれた以上は、二人はライバルだ。
選曲の話ひとつでさえ、お互いの手の内を明かしてしまいかねない。
今はそんなバランスの上にいなくてはならないのだ。
「俺で良ければ、わかることは教えよう」
「ホントに?ありがとう、月森くん!」
コンクール出場者で、同じヴァイオリニスト。
今までのセレクションでだって同じ楽器ということで比べられもしてきた。
彼女がファータの手助けを受けていると知って、猛烈な怒りをぶつけたこともあった。
ファータが授けたヴァイオリンを使っている以上、どんなに素晴らしい音楽になったとしても、それは彼女のものではないとさえ言った。
ヴァイオリンが変わった今、以前より遥かに聞くに堪えない音楽だというのに、以前よりも「聴きたい」と願うのは何故なんだろう。
そして何故自分は彼女の為に何かを教えようなどと言ったのだろう?
考えても、わからなかった。
ただ、ひとつを除いては。
今度の最終セレクションが終われば、少なくともライバルではなくなる。
それは、終わりでもあるし、始まりでもある。
こうして知り合ってしまった以上、校内で会えば多少なりとも話はするだろう。
でもそれだけで終わりたくなかった。
もっと、近づきたいと強く思ったのだ、確かに。
近づきたい。
日野香穂子という少女に。
彼女の音楽に。
そして気付いてしまいそうな何かに懸命にフタをして、月森はゴミ箱のフタを閉めた。
「今日、一緒に帰らないか?その、・・・君が良ければ」
ヒトリゴト。(ブログより
vivo。ヴィーヴォ、と読みます。「活発に」という意味だそうです。
このタイトルを見て浮かんだのが、無印で楽譜集めの為に走り回る香穂子でした。
最終セレクション前あたりのつもりで書いています。
アニメから入った私にとっては、香穂子以外ファータは見えないという前提で書いているものが今までだったんですが、2をやったら・・・ね。あはは(汗
2010.9.15UP