雪の降る夜は二人で




 無音。
 時々、香穂子が身じろぎした時の衣擦れや、俺が読んでいる本の頁をめくる音、時折遠くで聞こえる車の音がするだけ。
 呼吸している音さえも聞こえてきそうな、それほどまでの、無音。

「・・・にな」

 ふと、香穂子が何かを呟いた。

「どうした?」

 外は雪。
 降り始めこそ楽しそうに見ていたが、そういえばいつから黙って見ていたんだろうと気付く。
 本から目を上げると、窓の外を見やったまま、彼女が再度呟いた。

「全部、飲み込んじゃえばいいのにな、って」

「飲み込む?」

 うん、と頷くと、儚い微笑。

「不安なこととか、寂しい気持ちとか、全部。真っ白い雪に飲み込まれたら、なくなっちゃうのかなーって」

「・・・不安なのか?」

 春にはウィーンへの留学が待っている。
 すぐには会えない距離。電話をしたくとも時差が阻む。
 それでもお互いを想い続ける自信があると、言い切れない自分たち。
 そんな不安に見ないフリをして、ただただ、その日が来るのを待っている。

「不安だよ。すごく」

「・・・香穂子」

 窓辺に椅子を持ってきて、膝を立てて座る彼女の瞳が、切なげに揺れた。・・・幼い子どものような。

「だけどね、決めてるんだ。月森くんの重荷にはならない」

 ヴァイオリンを究める道を選んだ俺だから。
 足を引っ張ってしまうのではないかと、ひどく恐れているように見えた。





「ひとつ、言っておく」

 彼女の傍に歩み寄り、小さく震える体を抱きしめた。

「今の俺は、自分で立てない。大人の保護が必要な、まだ未熟な人間だ。けれど、いつか自分の足で立てるようになった時。・・・俺は、君を迎えに行く」

 香穂子が息を飲み込んだ。

「必ずだ、香穂子。しかし、君がもしその間に他の誰かを選んだとし・・・」

「他なんて、いらない」

「・・・・・・」

「私には、月森くんしかいないから」

 他の誰も、代わりにはなれない。
 射抜くような視線で、きっぱりと告げた。

「私、待てるよ。今の言葉だけで、ずっと。だから、月森くんは何も考えずに、ウィーンでの勉強がんばってきてね」

「・・・ああ」





 これが、最初で最後の恋だろうと、どこか遠くで思う。
 彼女がいたからこそ、俺はウィーンへの留学を決めた。
 香穂子と、ずっと共に歩き続ける世界を切り開くために。

「好きだよ、香穂子」

 腕に力を込める。は、と息が漏れた。・・・それが、合図だった。
 何故かわからない、乱暴な気持ちが勝って、壊れないように大切にしたいと願っているはずの指先が彼女の柔らかな双丘を掴んだ。
 痛みに顔をしかめるその表情さえ愛しくて、深く口付けた。
 吐息を奪い、奪われ、どちらのものかわからなくなっていく。
 彼女を包み込む数枚の布がもどかしく、剥ぎ取るように脱ぎ散らかす。
 そうして触れる香穂子の肌は、柔らかく、優しく。
 時折小さく漏れる甘い声が、なけなしの理性を溶かす。
 性急に彼女を求め、健気に応える彼女の耳元に囁いた。






「好きだよ・・・、香穂子」






 その言葉に答えることはなく、その代わりに、尾を引く嬌声が部屋の中に響いた。



 不安も。寂しさも。何もかも。
 この雪が全てをさらっていくだろう。
 その後、俺たちに残されるものは。











 希望という名の、光。















ヒトリゴト。(ブログより

お話を書いてたら、エラーで吹っ飛んだっていう罠(笑)。
でも結局、消えたほうも、こっちも、流れは同じなのでした。

2010.2.22UP