きみにあいにゆくよ SIDE Others




「気をつけてね」

「ああ、ありがとう。着いたらメールする」

「うん」

 空港の片隅。
 二人の影が寄り添っていた。

「香穂子」

 繋いだ手はそのままに、香穂子が月森を見上げる。

「なあに?」

「専門課程のことだが・・・」

 香穂子は静かに月森の言葉を待っている。

「進むのはやめようと思う」

「えっ?」

「もともと進むつもりはなかったんだ。ソリストとしての仕事も、少しずつだが入ってきている。学業との両立ができるようにとプロダクション側が配 慮しているからだが、卒業したら食べて行くには充分な程度の仕事はできるだろう。だから」

 月森がそこで言葉を切った。

「・・・だから?」

「ウィーンに、来てくれないか?」

「・・・へっ?」

「結婚しよう」

 突然の展開に香穂子の頭はパニックになっている。

「卒業しても、ウィーンに拠点を置くつもりなんだ。ヨーロッパにいたほうが活動が有利だし。そのつもりでプロダクションも現地の会社で・・・」

「え、ちょ、ちょっと待って!」

 そこで月森ははたと気がついた。

「すまない、俺ばかり気が焦ってしまって・・・」

「いや、あの、ううん。そうじゃなくて・・・」

「ウィーンに、行くの?私が?」

「できれば」

「それに、け・・・」

 結婚という言葉が恥ずかしさで言えずに空に解けていく。

「まだ俺たちは22だ。世間からみれば早いと言われるかもしれない。しかし、俺には君が必要だから。君が傍にいてくれることで、俺の音楽はもっと 深みや彩りを得ることができると信じている」

「月森くん・・・」

「それに」

 いたずらっ子のような笑みを覗かせて、月森が囁いた。

「蓮、と」

「!!」

「君が俺と同じ苗字になったら、そう呼んでくれるんだろう?」

 今のうちから練習しておくべきだろうとか言うその口をあわあわと塞ぐ。
 真っ赤になっている香穂子に満足そうに微笑み、静かに香穂子の手を外した。

「香穂子」

 期待している目で見られれば、香穂子に逃げ場はない。
 そろそろと見上げれば、優しく微笑む月森がいる。






「・・・蓮」

「・・・ありがとう」

 もうっ!恥ずかしいよー!と俯く香穂子の頬に手を添えて上向かせる。

「香穂子。・・・俺と。結婚してくれないか?」

 赤みの引かない頬に涙が一筋こぼれ落ちた。

「・・・はい」

 これ以上はないと思ったほどに嬉しそうな、優しい微笑で、月森は香穂子の唇に自分のそれを重ね合わせた。







 月森が乗っているであろう機体が空へ向けて浮き上がる。
 また離れ離れ。だけれども。

「大丈夫。寂しくないよ」

 メールがあるし、声を聞きたくなったのなら電話すればいい。

「蓮」

 顔を見ると恥ずかしくて言えないから。
 遠くなった機体に向けて呟いてみた。

「・・・だめだ、やっぱり恥ずかしい・・・」

 熱くなった頬を押さえてため息をついた。







 轟音の中、ふわっと機体が浮き上がる。
 4年も遠回りしてしまったけれど。
 もう迷わない。

「香穂子・・・」

 愛していると。
 言いかけた言葉は轟音に紛れて消えた。









ヒトリゴト。

このシリーズは「蓮の華が咲く頃に」にリンクするお話です。書いたのはこっちが先なんですが。

2010.6.6UP