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| 賛美歌(ヒム) 月森編 |
数日の間逃げ回るようにして避けていたというのに。
結局答えるはめになってしまった自分が恨めしい。
どこか得意げに微笑みながら、天羽はICレコーダーを差し出した。
「ハイじゃあいきまーす!…お名前は?」
「音楽科2年A組、月森蓮」
「付き合っている人はいますか?」
「いる」
おお即答だ、と香穂子が密かに感動している間にもインタビューは続く。
「ではその付き合っている人の好きな所またはいい所を10個挙げて下さい」
考えておくようにと天羽はさっき言ったけれど、香穂子のほうに気を取られていて実は何も考えていない。
時折ふとした瞬間に思うことはあったから、それを挙げてみる。
「まず、ヴァイオリンの練習を頑張っていることだ。専門的に学ぶ環境にない中で、彼女なりに工夫して練習時間を捻出していることはすごいと思う」
「そうだよね。私もそう思うよ」
「天羽ちゃんまで…何か、恥ずかしいんですけど…」
「まあまあ、褒めてくれてるんだからいいじゃないの。じゃ、次。二つ目は?」
「上手くなろうと努力していること」
「三つ目は」
「二つ目と少し被るかもしれないが…貪欲なことだ。技術だけではない、作曲者の意図や作曲された背景なども学ぼうとするようになった。知識はまだまだだが、そうして貪欲に吸収していくのを見ていると、俺もいい刺激になる」
「…四つ目は」
天羽の口調が少しずつ変化していく。ある程度想像していたとはいえ、ヴァイオリンの事に関することしか出て来ない。これでは香穂子があんまりじゃないだろうか。
そんなことを考えながらちらりと香穂子を見ると、やっぱり同じようなことを考えていたらしい。香穂子の顔が淋しそうに歪んでいた。けれど月森は気付かない。
「ヴァイオリンの音色が澄んでいる。優しい、綺麗な音だ。技術はまだまだだが、その音色は香穂子にしか出せないと思う」
「…五つ目」
「…そうだな、それから」
「あーそれから!」
口を開きかけた月森を遮って、天羽がぴしりと人差し指を突きつけた。
「ここから先はヴァイオリン以外のことね!」
「…は?」
「あー…やっぱり気付いてない?月森くん、日野ちゃんのヴァイオリンのことしか言ってないの。見てみなよ、泣きそうなカオしてるよ」
「え」
「!!天羽ちゃんっ!」
驚いた月森と目が合うなり、香穂子が顔を背けた。一方、月森は、一瞬でも目が合ったその表情が天羽の言った通り本当に泣きそうに歪んでいたことに、全く気付いていなかった。
「あ、す…すまない。その…どうしても、音楽のことばかり考えてしまって…」
「うんまあそういうとこも月森くんらしいけどさ。せっかくなんだしさ、日野ちゃん自身のいいところを見つけてみようよ」
「そうだな。すまなかった、香穂子」
「う、ううんいいの!私のほうこそごめんね、月森くんがいつも音楽のことを第一に考えてる人だってわかってたのに」
「いや、俺も悪かった。天羽さん、今までの分は取り消してもらえるだろうか」
「もちろん構わないわよ。インタビューやり直しね。それじゃあ、恋人の好きな所、いい所を10個挙げて下さい」
横で香穂子が「5個めからでいいよ」と言っているのを、天羽が手で制した。ばちんとウィンクしてそうっと人差し指を口に当てる。
「そうだな…まずは、優しい所、だろうか」
「お、気が合うね二人とも。同じのが最初にきたよ」
「彼女の場合は、誰にでも優しい。困っている人には自分のことを考えずに手を差し伸べようとする。それがいい時もあるが、裏目に出る時もあって、正直見ていて危なっかしい」
「……ハイすみません……」
「二番目は?」
途端に月森が黙り込んだ。懸命に考えているらしい。香穂子はまたかと泣きそうな気持ちになる。
自分を好きになってくれたのは、ヴァイオリンの音色に対してだけではないのか?そんな気持ちになってしまう。
「二つ目は…」
月森がじ、っと考えている。香穂子も天羽も、月森の二言目をただ待つ。それを知ってか知らずか、月森が静かに口を開いた。ほんの少し、息を吸い込んで。
「ヴァイオリンの練習を頑張っていること。いつも前向きな姿勢でいて、落ち込んでもすぐに立ち直ること。皆から好かれていること。笑った顔が可愛いこと。
俺を呼ぶ時の声も好きだな。少し笑って目を閉じているときの顔。自分のことで精一杯なのに俺のことをまだ気遣ってくれる所。直後のひょうじょ」
「ハイっありがとう月森くん!」
え、と月森が驚くけれど、別な意味で香穂子と天羽も驚いた。
(こういうの言う人だとは思わなかったわ…。香穂子も、っていうか、お互いに大変だわこりゃ)
「大変参考になる回答をありがとう!じゃっ、私はこれで!」
ありがとね!と手を振って走り去って行く背中を二人でしばし見つめ、同時に顔を合わせた。
「月森くん」
「香穂子」
お互いに聞きたいことはある。主に互いの回答の最後あたりについて。
しかし自分が何と答えたのか自覚がないから、聞かれたくない気持ちもあって。
「…行こっか」
「…そうだな」
ぎこちなく視線を逸らして、歩き出した。
一方、天羽は。
(何か、何か、…ヤバかった…っ!)
爽やかに「じゃあねー!」と手を振ってきたつもりだったけれど。
月森のあの表情を見てしまうと、何とも言えない気分になる。
(精一杯なのに気遣う、って…やっぱ、そういう意味…なん、だよ、ね?)
最後の10個目は、恐らく「終わった直後の表情が可愛い」と言いたかったのだろう。それはさすがに高校生として聞いてはいけない気がして咄嗟に遮ってしまったけれど。
(ていうか手を繋ぐだけで顔真っ赤にしてそうだと思ってたのに…)
「あの二人、意外とダークホース?」
このインタビューはボツだなと損した気分になりつつ、月森と香穂子の意外な部分を知ることができたからまあいいかと思い直し。
「よーし、次いくぞーっ!」
大きな声を上げてうーんと伸びをした。