| 狂詩曲(ラプソディー) |
放課後。香穂子に返してもらわなくてはならない楽譜を受け取りに教室へ赴く。
「あれ、月森くん。香穂ならもう行っちゃったわよ」
「え、…」
「月森くんに返す楽譜があるとかで」
「それを受け取りに来たのだが」
入れ違いになったようだ。
しょうがないと教室に荷物を取りに戻ると、クラスメイトから「日野が探してたぜ」と教えてくれた。
メールをしてみたが、返信がない。
困ったなと携帯のフリップを閉じた。
「探しに行くか」
一つ溜め息をついて、教室を出た。
香穂子はあっさりと見つかった。
「あ、月森くん!探したよー」
「メールをくれればいいだろう。すぐに見つかったから良かったが」
「あ、携帯!電源切りっぱなしだった…ごめんっ」
校内では原則使用禁止なのだから仕方ない。
じゃあ楽譜を、と手をだしかけて。
「…手ぶらなのか?」
「え、火原先輩に会わなかった?」
「いや、会っていないが」
「楽譜、先輩に預けたんだよ。渡してあげるって言ってたから…」
「…………」
火原も香穂子並みに行動範囲が広い。
屋上でトランペットを吹いている時もあれば、グラウンドでサッカーやバスケをしていたりもする。
「あう…ごめんっ」
「仕方ない。探そう」
とりあえず火原にメールをして、探すことにしたのだった。
「火原先輩って、ホントにどこにでもいるから困るよね」
「いいことなんだろうが、今回は仇になっているな」
音楽室。カフェテリア。テニスコート。森の広場。正門前。教室。練習室棟。
いそうな所は探してみたが、見つからない。しかし出会う人に「火原が探してた」と言われるのだ。
「先輩メールも返してくれない…」
何度目かの携帯チェックも、やはり受信はなかったらしい。
「校内放送かけてもらう?」
「そんなことで呼び出すのか?」
「だって月森くん、その楽譜使うんでしょう?」
「急ぎではないが…早めに手元にあったほうが助かる」
「じゃあやっぱり」
「しかし校内放送は…」
「金澤先生に頼んで、先生が呼んでるってことにしてもらえば?」
そういう手があったか。
早速金澤を探しに…彼の行動範囲は恐ろしく狭い…音楽準備室に向かったのだった。
「…いない」
「森の広場にもいないなんて。今日に限って先生どうしちゃったの?」
珍しく働いてるんだねとか失礼なことを香穂子が呟く。
「うーん、困ったねえ」
「もうすぐ下校時間だ。仕方ない、今日は帰ろう」
「ごめんね月森くん。私がちゃんと持ってたら良かったね」
「いや、同じ音楽科ならばまだ行き来もあるからと思う君の気持ちもわかる。明日先輩の教室に行ってみるから」
「…うん」
それぞれに教室へ荷物を取りに戻る。
月森の机の上に、メモが置かれていた。
『月森くんへ 楽譜、机の中に入れておいたよ。 火原和樹』
下手くそな字で書かれた…しかもノートの切れ端だ…そのメモの通り、机の中を覗き込んでみる。
「…何だこれは」
確かに楽譜が入っている。けれど、一緒に入れられているのは…
「写真?」
香穂子の写真だ。途中で切れているが、自分らしい姿も写っている。
「どうして、この写真が…」
思い出した。
香穂子に楽譜を渡した時に、一緒にいた天羽から受け取った(というより押しつけられた)のだ。公園で、顔を寄せ合って微笑みあう二人を、偶然近くにいた
天羽が撮ったのだ。今にも唇が触れそうな距離(実際その後は予想通りの展開になった)で微笑む自分の顔など恥ずかしすぎてどうにかなりそうだから、それを
落とさないように(見られないように)楽譜に挟んで…
「そのままにしていたのか」
香穂子はまだいい。一緒にいて、それを見たから。
しかし、火原は。
「…迂闊に喋りそうだな…」
ちょっと気を抜くと隠し事ができない火原は話してしまう。口止めしても安心はできない、が。
「…明日言うしかないな…」
どうやって切り出そうかと内心頭を抱えながら、教室を出た。
『あ、おれ何も見てないから!』
カバンに入れられたメモの裏書は結局月森の目に留まることはなく、翌日から微妙に火原に避けられることになるのはまた別な話。
2012.1.19UP