| 変奏曲(ヴァリエーション) |
あ、と出会ってしまったのが運のつき。
「いいところに会ったね、土浦くん」
「……お前のそのカオ見たら、俺は寒気がするんだが…」
「え、何のこと?」
さあて行くよ!と土浦の腕を掴み、香穂子がずんずんと歩き出した。
「で、だ」
「うん」
「フランスのパッサカリアは舞踊重視の3拍子で、ドイツのパッサカリアはフランスとイタリアからの影響が強いわけだ」
「…うん」
「かたやシャコンヌはというと、フランスの場合はやっぱり舞踊重視だったからおとなしめなものが多いんだが、17世紀イタリアのチャッコーナは快活な3拍子のものが…………おい」
かくん、と香穂子の頭が落ちそうになる。
つまり。
「寝るな!人に教えてもらう態度かそれが?!」
放課後。
月森は家族とコンサートに出かけるからと早々に帰っていき、香穂子はというと楽典片手に土浦を巻き込んで「勉強会」をしていたのだった。
が。
「お前、毎日練習で疲れてんだろ?朝も早いらしいじゃないか。月森がいない日くらい早く帰って休んだらどうだ?」
「ごめんごめん。えっと、どこまでいったっけ。パッサカリアとシャコンヌの違いだったよね?」
そこは一番最初に言った。初歩中の初歩である。
「…やっぱり、帰れ。帰って、寝ろ」
「だからごめんってば!お願い、ちゃんと真面目に聞くから!」
じゃあ今までの自分の説明は何だったんだと肩を落とす。
「今度新しくできたカフェの新作ケーキで手を打とう!」
「いらねーよ甘いものなんか!」
数人が周りにいるだけの森の広場。珍しそうに通り過ぎていく生徒達からは、芝生に座って何やら言い合いをしている、ように見える。
「じゃあカフェテリアのミートソース大盛り!」
「あ、それいい…じゃなーくーて!モノで釣ろうとしなくていいから、とにかく聞け!」
「…はあい…」
土浦にしてみれば得なことしかない話なのだが。
「そもそも何で変奏曲なんだ?」
しかもこんな初歩的なことを香穂子が調べないわけがない。
一から教えてくれ、なんて。
「楽典、読んだんだけど」
「基本だな」
「さっぱり、わかんなくて」
あー、と困ったようにガシガシ頭を掻く。
「違いについては、定義しようとした人間もいたけど結局できなかったんだ。さっき色々言ったけど、英語で言う『ヴァリエーション』を覚えとくといいぜ」
「ばりえーしょん、て、…バリエーション?」
そうそう、と土浦が苦笑いして頷いた。
「ある旋律のリズムだったりメロディをちょっと変えてみたりしたのが『変奏曲』ってことだよ」
「じゃあどの変奏曲も元になった曲があるってこと?」
「一概に全部、とは言い切れないが、その時流行ってた旋律だったり何だりをちょっと変えて作曲したり、したらしいな」
「きらきら星変奏曲もそうなんだ?」
「きらきら星って言われてるが、童謡として歌われてる『きらきら星』は後からできたもんなんだぜ」
へー、と香穂子が目を丸くした。
「元々はフランスで歌われてた恋の歌だったんだ。その中の一部分が今の『きらきら星』になったってわけだ」
恋の歌が童謡になるなんて。
「ろまんちっく~」
瞳が恋する乙女のそれになっている。
苦笑いでせいぜい大きな溜め息をついてやった。
「もういいだろ?俺は行くぞ」
「あ、ありがとう土浦くん!おかげで助かったよ」
「それならいいさ。じゃあな」
香穂子の「明日ミートソース大盛りねー!」という叫び声があらぬ勘違いを呼んだのは翌日の話であるが今は伏せておく。
楽典片手にふんふんと鼻歌を歌いながら歩きだし、ふと立ち止まった。
「えっと、それで私は何がわかったわけ?」
変奏曲の何たるかを教えてもらうはずだったのに。
英語のバリエーションと恋の歌しか覚えてない。
「土浦く~ん、ちょっと待って!もう一回教えて~!」
逃げ足の速い現役サッカー部員の姿がここにあるはずもなく。
香穂子はまた小難しい楽典とにらめっこするはめになったのだった。