濡れたTシャツ

 




 

 大雨。
 スコールとでも言うべきだろうと思われるほどの、大雨。
 鈍色の空に気付いた香穂子が「帰ろっか」と言ったのと、ポツリと最初の一滴が頬に落ちたのがほぼ同時。
 緩やかに雨量を増す程度だから、さして濡れないだろうとタカをくくったのがいけなかった。
 突然物凄い音と共にバケツをひっくり返したかのような大粒の雨が香穂子たちに降り落ちる。雨宿りしたくても、住宅街に入ってしまったから、一番近い月森の家まで走るしかない。

「走ろう」

「うん」

 手をつないでばしゃばしゃと水溜りを跳ねながら走る。時折通る車の跳ねる水を、月森がかばう。もうここまでくれば何をしようが同じなのだが、香穂子にはそれが嬉しかった。

「香穂子」

「うん?」

 おもむろに月森がジャケットを脱いだ。それを香穂子の肩にかけようとして「月森くんが風邪引いちゃうよ!」と押し戻した。

「いや、・・・羽織るだけでもいいから」

「でも」

「頼む、香穂子。でないと…」

「え?」

 最後が聞こえなくて聞き返すと「・・・いや」と、つと顔を背けた。

「とにかく着てくれ」

「え・・・うん」

 じゃあ、と肩に羽織ろうとしたところで気がついた。

 (もしかして、服・・・透けてる?)

 夏らしい、白の半袖のブラウス。
 見ると、下着の色や形まで見えている。

「・・・・・・!!」

 うひゃあ、と情けない声で香穂子が小さく叫んだ。
 月森が下を見ないように気をつけながら香穂子を振り返ろうとして。

「み、見ないでーっ!」

 その場にしゃがんでしまった。

「ジャケットも濡れているから寒いだろうが、何もないよりはいいだろう」

「・・・助かりました・・・」

 行こう、と月森の手が差し伸べられた。その手を取ってまた走り出す。
 細身だから忘れてしまいがちだが、月森だってそれなりの「男の子」なのだ。こうして服のサイズの違いを実感すると、訳もなくドキドキしてきた。

 (月森くんのジャケット、ぶかぶか・・・でも、あったかい)

 今の今まで着ていたものだから、月森の体温や優しい香りがして、袖をきゅっと握り締めた。





「今タオルを持ってくる」

「うん、ありがとう」

 玄関先で絞れる水分を絞ってから、月森が中に入っていく。水も滴る何とかだなあなどと呑気に思いながら香穂子もアップにしていた髪を下ろして、ぎゅ、と絞る。ポタポタと結構な量の水が滴り落ちた。

「しまった、ジャケット」

 脱ぐ前に絞ってしまったから、ジャケットに滴り落ちてしまったのだ。バケツの水をかぶったような状態だから、今更多少の水を吸い込んだ所で同じなのだが。それでも借り物だから丁寧に扱いたい。
 ジャケットを脱いだ所で、月森がタオルを手に戻ってきた。

「香穂・・・」

 月森が固まった。数秒して、ゆっくりと手を上げて口元に当てる。
 濡れた髪、白いブラウス。
 その先に透けて見える色と形。
 ブラウスが濡れてぴったりと香穂子の体に張り付いているせいで、その華奢な体のラインが浮き彫りになっている。

「香穂子、これを・・・」

 そう言うのが精一杯の月森に「ありがとう」とできるだけジャケットで隠しながらタオルを受け取り、今度はそのタオルで隠しながらジャケットを返す。
 先ほどジャケットを渡した時は、とにかく家までたどり着くことしか考えていなかった。けれどこうして見てしまうと、あらぬ感情が呼び起こされそうになる。
 香穂子の、華奢な体躯。
 白いブラウスから見える、パステルブルー。
 丸く形のいい・・・

「・・・!」

 香穂子が声にならない悲鳴を上げた。

「つ、月森くん?」

 後ろからタオルごと抱き締められているから振り向けない。月森の体温が、濡れた布地を通して暖かい。さっきのジャケットと同じ暖かさ。同じ香り。香穂子の中でも月森と同じ感情が沸き起こる。

「香穂子・・・」

 囁いたその声に、明らかな熱が生まれていた。
 





「や、だめ・・・!」

 バスルームに連れてこられて、脱衣所でブラウスのボタンに手をかけた月森の手を止める。

「このままでは風邪を引く」

「一人で入れるから・・・っ!」

 ともすればまたボタンを外そうとするから、気が抜けない。

「香穂子」

 耳元で。
 自分の名前を囁かれるのに弱いと知り尽くしている、意地悪な恋人。
 腰が抜けてずるずるとくず折れそうになるのを抱きとめられながら、威力のない抗議をしてみる。

「・・・ずるいっ」

「君の前でだけだ」

 尚更悪いとは言わせてもらえなかった。
 






「暖まっただろうか」

「・・・おかげさまで」

 ただシャワーで暖まるだけではない意味だとわかっているが、敢えてとぼけてみる。が、意地悪はまだ続くらしい。

「もう少し暖まったほうがいいか?」

「大丈夫ですっ!」

 くすくすと月森が笑う。

「香穂子」

「・・・なあに?」

 優しい笑みを浮かべた月森が腕を伸ばした。その腕の中にすっぽりと収まった香穂子も、そろそろと背中に手を伸ばす。

「好きだよ、香穂子」

「私も、好きだよ」

 意地悪な恋人からのご褒美は。
 優しい微笑みと、同じくらい優しい口付け。











ヒトリゴト。(ブログより

このお話で、お題数個消化できそうな勢いですが・・・
これで書いちゃったから、他のお題で苦労しそうだ(汗

 

 

2010.11.30UP