その太陽、危険につき




 折角だからと誘われて(半ば強制的に連れ出されて)やってきた店は、こぢんまりとしたバーだった。

「ここのオーナーと仲良くさせてもらってて。今日は貸切だから思いっきり飲んでね!」

 という天羽の一言で、コンサートツアーで一時帰国した月森夫妻、そのツアーでタクトを振る土浦、加地、天羽、森の同級生たちが集められた。

 十人も入ればいっぱいになってしまうような小さな店は、初めて訪れた彼らにとっても居心地良く、再会の挨拶もそこそこに話に花が咲く。

「森さんは今何してるの?」

「国内のオケでピアノもやりながらマネージメント勉強してるの。海外も考えたけど、今のオケも居心地いいから。加地くんは?」

「僕は大学出て働くつもりで就職先も決めたんだけど。今は父の手伝いをしてるよ」

「じゃあ将来代議士?」

「そのつもりはないんだけどね。でも周りはそう思ってるみたいだよ」

 やれやれとため息をついてみせる。なんだかんだ言いつつ、代議士という仕事も悪くないと思っているようだ。

 

「土浦くんは、今回月森くんと組むの初めてだっけ?」

「正確に言えば二回目なんだよな」

 天羽の問いに、土浦が月森を見やる。ああ、と頷いてグラスを傾けた。

「どういうこと?」

「一回目はさ、マエストロの代理だったんだよ。向こうで急に体調崩してさ。で、俺がピンチヒッターで立ったってわけ」

「ああ、なるほどね。じゃあ今回はちゃんとしたタッグ一回目!ってわけだ」

「なんだか不思議な感じだけどな」

 星奏にいた頃は顔をあわせれば「LR対決」なんて言われていたけれど、よもや対決どころか一緒に組むことになるとは思いもしなかった。

「練習はどうなの?」

「それが、聞いてよ菜美〜」

 それまで黙っていた香穂子が口を開いた。月森と土浦が同時に苦笑する。これは何か楽しい(あくまで天羽的にである)ネタだなと食いついた。

「なになに、お姉さんに言ってごらん?」

「初日から意見が合わなくてケンカばっかりなの。私隅っこで見てたんだけど、二人の意見が食い違うから、他のメンバーが困っちゃって」

 天羽が一瞬、ぽかんと口を開け、直後盛大に吹き出した。

「あんたたちも変わらないわね!で?どうなったの?」

「二人とも妥協しないでしょう?最初はメンバーも黙ってたんだけど、段々メンバーまで加わって、収拾つかなくって」

 天羽の爆笑は続く。その笑い声に加地と森も何事かとやってきた。

「それで無事にコンサートできるの?!いやあ、初日が見ものだわね!」

 開演初日まであと三日。

 コンダクターの指示には従うものだが、今回のオケはかなり和気藹々としているようで、メンバーまでもが解釈を巡って口論に参加するという。

 月森にしてみれば、そんな事態が有り得ないのだが、どうやら容認しているようだ。

「月森くんは、何も思わないわけ?」

 メンバーが解釈談義という名の口論に参加してくることについては、月森としては異論はない。

「しかし、あまりにも表現の解釈が違いすぎると一体感が生まれない」

「違いすぎないだろ?大体あの部分だって、そう大した違いはないだろう」

「君の解釈は感情的すぎる。感情に訴えるばかりの表現はしつこく思われる」

「しつ・・・」

 ああまた始まったと月森の背後で香穂子が手を額に当てた。話を振った自分が悪いのだから収拾に努めるべきなのだが、こうなってしまえばもう手が付けられない。

「音楽は感情に訴えるものだろ?楽譜通り、教科書通りに演ったって面白くも何ともないだろう!」

「音楽はスコアの指示を忠実に再現して初めて音楽になる。感情任せでは作者の意図をまるで無視してしまう」

「スコアを全部無視してないぜ、俺は!俺なりの解釈を交えて・・・」

「だからその君の解釈が感情的すぎると言っている」

「・・・二人とも・・・」

 加地も森も天羽も、一様に口を閉ざしている。表情は様々だったが、内心考えていることは

(面白い!)

 の一言。

 相変わらずだなあと表面的には笑ってみせているが、三人とも割って入ろうとしはい辺りで、香穂子は一人でどうにかしなければと諦めた。

「ちょっと二人とも、折角の場でケンカしてたら・・・」

「・・・しかし君の解釈は違うんだろう?」

「違うね。あの部分はもっと音を小さくして・・・」

「ふ、た、り、と、も」

「そのままさらっと流したら、次のフレーズが生かされないだろ」

「無駄に小さくしすぎなんだ」

「無駄にしてないぜ?!俺だってそんなことぐらいわかっ」

「・・・ふーたーりーとーも〜〜〜〜〜〜〜?!」

 物凄い形相で・・・堪忍袋の緒が切れた音がした、とは後に全員が口をそろえて語る・・・香穂子が加地が手にしていたウィスキー(ロックである)を奪い取り一気飲みした。

「あっ、香穂さ・・・」

 だん、と音を立ててグラスを置くと乱暴な仕草で唇を拭う。

「解釈論議なら後でやりなさい!菜美がセッティングしてくれた飲み会に、あんたたちが水を注してどうすんの!二人の初コンビをお祝いしてくれてるんでしょ?!皆が来てくれてるのにケンカなんかするなっ!」

 一同がしんと静まった。

 月森も驚いて目を見開いている。こんな風に酔っ払った香穂子を見たことがない。

「香・・・」

「あんたたちが仲良くしてくれないから、あたしいっつも・・・いっつも・・・」

 血が上ったところにアルコールを一気飲みしたのだから当然なのだが、いつも、まで言いかけて口を押さえた。

「きもちわるい・・・」

「うわちょっと待て!」

 一番近くにいた土浦が咄嗟に口を覆う。バーのオーナーも慌ててタオルを手に走ってきた。

「ねむ・・・い・・・」

 口を押さえたままがくりと倒れこんだ。

 

 

「香穂が酒癖悪いとは知らなかった」

 天羽がぽつりと呟く。

「俺も知らなかった。いつもは飲んだとしても顔を赤くして普段より少し饒舌になる程度なんだが」

「でもそんな香穂さんもかわいらし」

「うんわかった加地くん。ちょっと黙っとこうか」

「ええっ、なんでさ?僕はいつだって香穂さんの」

「うんだからわかったから黙っとこう」

 加地と森もなかなか息が合うようだ。

 香穂子を月森が背負い、土浦と加地で二人の荷物を持って駅までの道を歩きながら、すやすやと眠る香穂子の顔を覗き込んだ。

「でもまあ、香穂の言うことも最もだよ、二人とも?」

「悪かったよ」

「・・・すまなかった」

「これを機に、ちょっとは歩み寄るって言葉を覚えてほしいもんだわね」

「・・・努力する」

 母親に怒られた子どものように小さく首をすくめて、土浦が苦笑う。

「今日は皆色々と学べたからいいじゃない?」

「色々?」

「そう。一つは、月森くんと土浦くんが歩み寄るってことを覚えたことと、もう一つは」

 意味ありげに天羽が皆にウィンクしてみせた。

 

「香穂に酒は飲ませない」

 

 わかったと一様に頷き合ったことは、月森の背中ですうすうと眠る本人は知らぬこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011.8.8UP