| 距離 |
君が好きだ。
そう告げて、まさか二人ともお互いを想っているとは思わずにいたから、驚きを隠せなかった。
「なんでそこでビックリするかな?」
「え、いや・・・その」
まさか君が。俺のことを好きだと言ってくれるなんて思わなかったから。
正直にそう告げると「確かにねえ」と苦笑いを浮かべた。
「最初は『こんな人と関わり合いたくない!』って思ってたし」
「・・・・・・」
「冷たくて、感情の欠片もなさそうな人だと思ってたし」
「・・・・・・・・・・・・」
でもねえ、とのんびりとした声が、俺の頭の上を通り抜けていく。
「笑ってくれたんだよね」
「え?」
「笑ってくれたの。何でだったかは忘れちゃったけど。そしたらね、あー月森くんも人間だったんだなーって」
そこまで人間味がないと思われていたのか。しかし彼女ほどではないにしても、多少の自覚はある。
「そしたら、月森くんのこともっと知りたくなってて」
気がついたら追いかけていたのだと微笑んだ。
「知りたくなった気持ちが、気がついたらこういう気持ちになってて・・・でも、ホントは言うつもりなかったんだ」
「なぜ?」
だって、と静かに目を伏せた。
「私なんかじゃ釣り合わないもの」
今でもそう思ってると、小さく聞こえた。
「・・・俺は」
こんなに近くにいるのに。
ただ一言、彼女が言った言葉が・・・二人の距離を遠いものにする。
嫌だ。
近づきたい。
近くにいてほしい。
一歩、日野に近づいた。
ビクッと体が揺れて、後ずさる。
「俺は、君が、好きだ」
また一歩。二歩。
「君じゃなければ意味がない」
「あの・・・月森、くん」
一歩。二歩。
狭い練習室だから、彼女の背中が壁に触れるのはすぐだった。
また一歩。
「君は、俺に勇気をくれた。今まで他人と関わることを避けていた俺に」
日野に手が届く距離まで、あと一歩。
「他人に、・・・君に、関わろうとする、勇気を」
カツンと靴音が響く。静かな空間の中に、それは随分と大きく聞こえる。
手を伸ばす。彼女がその手を見つめ、自分に触れられるとわかった途端に身を竦めた。
練習の時に指に触れたりすることはあったが、違う意思を持って触れるのは初めてだ。少し手が震えている自覚はあっても、その手を下ろすつもりはなかった。
触れている頬が暖かい。
けれど、まだ俺たちの間にある溝は埋まらない。
同じ想いでいるのに。
どうすればいいのかがわからない。
日野の両脇に手をついた。自分でももう何をしているのか、あまり自覚はなかった。
ただただ、この心の距離を埋めてしまいたい。それだけだった。
「俺を、見てくれないか」
塞がれている両腕を交互に見やり、なす術もないとわかると不安そうに俯いた。
できない、と首を振りながら。
「日・・・」
違う。
今はそう呼ぶべきではないだろう。
「・・・かほこ」
香穂子が弾かれたように顔を上げた。
少し顔が赤い。
「釣り合うとか、釣り合わないとかじゃなく・・・もっと単純に、俺は君が好きだ」
どうすれば伝わるのだろうか。今まで他人と関わることを避けていたから、こういう時にどうするべきかがわからない。それでも。
伝えなくちゃいけないんだ。
俺の言葉で。彼女に。
「俺には、君が必要なんだ。君の音色が」
「・・・音だけ?」
「勿論音だけじゃない。真っ直ぐに俺を見てくれる君が。素直な君が・・・必要なんだ」
「・・・・・・」
伝わっているのだろうか。香穂子はただ黙っている。
言葉が足りない自覚は普段からある。さして思うことはなかったから今までは良かった。けれど、今、これほど自分を悔いたのは初めてかもしれない。
「傍に、いてほしい」
届け。
届いてくれ。
「・・・きみが、・・・すきなんだ・・・!」
「ありがとう、月森くん」
長い長い、沈黙の後。
香穂子が笑った。
「釣り合ってないっていう気持ちはすぐになくならないと思う。でも、隣にちゃんといられるように頑張るから」
「・・・楽しみにしている」
どういうふうに彼女がその気持ちを消化するかはわからないし、俺が何かを言えることではない。だから敢えてそう言った。
月森くんらしいなあと香穂子が笑う。
「楽しみにしてて?」
香穂子の肩に頭を乗せて、大きく息を吐き出した。
「・・・緊張した」
「緊張?するの?月森くんでも?」
「・・・先ほどから聞いていて思ったんだが・・・君は俺を何だと思っているんだ」
香穂子が数瞬迷った。
出てきた言葉は。
「・・・彼氏?」
「!!」
あれっ?と動揺して視線が泳ぐ。・・・それはお互いなのだが。
「違うの?!」
「・・・いや」
違わない、が・・・そういうことになるんだろう。
君には適わないな。
何か少しでも彼女に適うことがないだろうかと少し逡巡してみるが、思い浮かばない。
強いて言うならば。
「香穂子」
君の名前を呼ぶだけだ。
俺の全ての想いを乗せて。
唇が触れる直前に、囁いた。
「君が、好きだよ」
「・・・ん」
「れん」
「蓮」
柔らかく呼ばれるその声で目が覚めた。
「あ、起きた」
おはよう、と香穂子がにっこり笑った。
大人びた彼女に少しの間狼狽してしまう。
今のは、・・・夢?
手で顔を覆う。どちらが夢なのか現実なのか、一瞬わからなくなった。
「まだ眠いの?そんなに疲れてるんなら、帰ろう?ちょっと肌寒くなってきたし」
「ああ・・・」
時計を見ると、小一時間眠っていたことになる。
先ほどの夢の続きなのだろうかと思ったくらい、唇に暖かい感触が残っている。思わず手をやると、香穂子が恥ずかしそうに笑った。
「気付いちゃった?」
「え?」
実はね、と頬を染めながら。
「最初はね、おでことか、鼻とか、ほっぺたを触ってたんだけど、そういえば蓮の唇って形がいいし・・・あの・・・」
「?」
今にも消え入りそうな小声で「柔らかいなって」と呟いた。
「そう思ってたらずっと触ってたくなっちゃって」
べたべた触ってごめんねと目を伏せた。
「香穂子」
体を起こす。一気に近づいた距離に、香穂子が耳まで真っ赤になった。
「謝らなくていい。俺の全ては君のものなのだから」
「え」
「君が触れたい時に、いつでも触れて構わない」
できれば俺が起きている時だと嬉しいが。
そう付け足すと「もうしないよ!」と軽く額を叩かれた。
「・・・触れたいと思うのは俺だけなのか」
「だからそういうこと言うの、子どもみたいだよ・・・!」
「君は、俺に触れたいと思わないんだな」
「いじけないでくれるかなー?」
「いじけたくもなる」
体を反転させて、香穂子を組み敷いた。
「え、ちょっ、蓮?!」
じたばたともがいても、力の差は歴然としている。
「いつも俺からだ。たまには君から欲しがられてもいいと思うんだが」
「うわっ、あの、ちょ、・・・待っ」
意外な力強さで俺の腕を掴んだ。顔を勢いよく背けて震えている。
・・・そんなに嫌だったのだろうか?
「すまない、香穂子」
起き上がろうとしたが、腕を掴む力が緩まない。
どうした?と勢いのあまり顔を隠してしまった髪をかきあげようとしたその時。
「あ、あ、あ、・・・」
「?」
「足が、痺れた・・・」
「・・・・・・」
「笑い、たいなら、・・・笑えば?!」
反論するにも足が痺れてうまくできないらしい。
「す、すまない・・・」
一応できるだけ配慮したつもりだが、語尾が震えてしまう。
そんなに辛かったのなら起こしてくれればよかったのに。
「だって、蓮の寝顔見るの好きなんだもん」
「だから、と、いって・・・」
こらえきれずにとうとう吹き出すと、香穂子が尚更不機嫌になった。
「もう膝枕しないからね!」
「それは嫌だな。笑ってすまなかった」
足をさすろうとすると「触らないで!」と怒られた。
残念だが、しばらく膝枕はしてもらえなさそうだ。
あの時。
君が俺にくれた勇気が。
今こうして君といられる未来に繋がった。
物質的な距離も、心の距離も。
君とだから、乗り越えられたんだろう。
君だから。
少し気恥ずかしさもあって、心の中で、小さく。
呟いてみた。
「ありがとう、香穂子」
ヒトリゴト。(ブログより
色々書き足してたらめちゃくちゃ長ぇ・・・(区切ろうよ
ボツネタ月日2話めです。
この後の話が気に食わなくて出さなかったので、UPしようか迷ったんですが。
せっかく書いたんだからという貧乏性丸出し根性(笑)でUPすることにしました。