はじめのいっぽ




 そこかしこで声が上がる。
 成人式の会場となるホールでは、久々の再会に喜ぶ姿が多く見受けられる。
 晴れ着に身を包んだ新成人たちの輪に一人入り損ねた香穂子は、ロビーからその様子を一人で眺めていた。
 住んでいる地域毎に会場が異なる為、高校の友人達は殆どいない。けれど一人だけ、
「おう、日野。こんなとこで何してんだ?」
 土浦だけが一緒だった。
 成人式前には「袴で来るんでしょ?」などと天羽にからかわれていたが、本人の宣言通りスーツで来たようだ。
「うーん。知ってる人もいるんだけどね。なんていうか、きゃー久しぶり!っていう空気に乗り損ねたっていうか」
「お前なら率先してそうだけどな」
「どういう意味かな?」
 あははと笑った土浦もガラス越しに外を見やる。
 本来ならば、自分と彼女ともう一人、いたはずだったのだ。
 もう一人。
「あいつはやっぱり、来ないんだろうな」
 誰のこととは言わなくても先刻承知だ。翳った笑みを見せた香穂子が、僅かに俯いた。
「・・・元気かな」
「元気だろうさ」
 そうだよね、と笑んでみせた笑顔が痛い。そうやって無理に笑うなと常日頃言っているのに、彼女はわかってくれない。
「元気だよね」
 ああ、と土浦がぶっきらぼうに頷いた。相変わらず厳しいなあ土浦くん、と笑う香穂子にうるさいと返し「そういえば」と思い出したように言った。
「この後時間あるか?」
「式の後?菜美と笙子ちゃんと会う予定だけど」
「ああじゃそれキャンセルな」
 えええ?と香穂子の素っ頓狂な声が上がる。
「ちょっと、なんで?」
まあいいから、としか答えてくれない土浦にそのキャンセルをキャンセルしたいとかなり本気で思った香穂子なのだった。


「おう、来たな」
 式の後で土浦に引きずられるようにして・・・香穂子が帰ってしまわないように式の間もずっと隣にいた・・・連れてこられたのは、かつての母校。
 数年前までここの生徒だったと思い出すことはあるけれど、こうやって訪れたのは卒業してから初めてだった。
 エントランスに入ると、金澤が寒そうに立っていた。
 既に教職を離れ、今は再度声楽の道を歩んでいる。ブランクを埋める為に今はまだ表立った活動はしていないようだが、ボランティアや慰問などの仕事は少しずつこなしているらしい。と吉羅から聞いたことがある。
 金澤のほかに、火原、冬海、志水がいた。
「柚木は春に一時帰国するらしくてな、今回は出られんそうだ」
 アメリカの大学で学ぶ柚木は、春に帰ったら是非、とも言っていたと金澤が告げた。
「後の成人組はちょっと時間がかかるみたいだな」
 残るは天羽と加地なのだが、二人とも会場が少し遠いらしく、到着が遅れるらしい。
 始めていいと言われているが、せっかくなのだから全員揃ってから始めたかった。
「金澤先生、もう学校辞められてるんですよね?・・・どこでやるんですか?」
 もう少し待つかとそれぞれエントランスの中で話の輪ができる中で、香穂子は外に出て行った金澤についていくことにした。
 猫に会いに行くのだろう、森の広場へと向かう足取りが軽い。
「ん?ああ、それは・・・まあお楽しみだ」
 ほれ、とポケットから出したのは猫缶。相変わらずだと笑えば「お前さんもな」と金澤が目を細めた。


 先に始めててって言ったのにと申し訳なさそうにしながら、天羽と加地が姿を現した。
「揃ったな。よし、じゃあ行くか」
 どこに行くのか口々に問うても「ついてこい」としか言わない金澤にぞろぞろとついていった先は。
「・・・理事長室・・・」
 香穂子が呆れたと言わんばかりに呟いた。
 一方、してやったりと口角を上げた金澤が入っていく。案の定部屋の主もいたのだった。
「今日だけだ。いくら君たちが卒業生とはいえ、こんなことの為に理事長室を開放するなど・・・」
「まあまあ吉羅。今日だけなんだし、固いこと言いなさんな」
 むすっとした表情のまま、吉羅が腕を組んだ。
 そして誰が準備したのか、簡易なビュッフェスタイルではあるが食べ物が用意されている。
「今日は大忙しだったのよー!朝ここで準備して成人式出て、また戻ってきて。志水くんと笙子ちゃんが手伝ってくれてホント助かった!」
「菜美、これ知ってて今日の約束してたの?」
 問うた香穂子に、天羽が合流したらそのまま連れてくるつもりだったと舌を出して笑う。
 笙子ちゃんも志水くんもありがとね、と両手を合わせて頭を下げる天羽に「いえ、そんな・・・」と冬海が慌て出す。
「先輩方のお祝いなんですから。お手伝いできて、私も嬉しいです」
 天羽は晴れ着ではなくスーツ姿だった。晴れ着なんて似合わないし、写真撮るのに動きづらいからというあたりが天羽らしい。
「それでは」
 全員にジュースが配られ・・・さすがに学校ということと未成年が二人いることでアルコール類は出されなかった・・・、吉羅が紙コップを小さく掲げた。
「新成人の諸君の前途を祝して」
「乾杯!」
 かんぱーい!と賑やかに声がかかる。それぞれ食べる者、喋る者、銘々に楽しむ様子を天羽がカメラに収めていく。
 大学が皆同じだから何かと顔を合わせるが、金澤や吉羅も混じるとなるとそう機会はない。
 香穂子も話の輪に混じって、話に興じることにした。


「あー楽しかった!」
「またやりたいね!」
「今度は未成年組だな。来年を楽しみにしてるぞ」
「金やん、そんなこと言って、実は酒飲みたいだけだろー?」
「そんなことないぞー、俺は純粋にこの二人の成人を祝ってやろうとだな・・・」
 金澤と火原の言い合い・・・というよりじゃれ合い・・・を後ろから眺めながら、香穂子と加地が歩く。その後ろを志水と冬海、更にその後ろを土浦と天羽が歩いている。
「楽しかったね」
「香穂さんの晴れ着姿を見れて、僕も嬉しかったよ。できれば成人式も香穂さんと出たかったなあ・・・」
「私も・・・」
 え?と笑顔のまま隣を見下ろすと、香穂子が正面を見つめたまま、どこか遠い目をしている。
「私も、一緒に出たかったよ」
 誰と、とは言わずもがななのだろう。途端に笑みを消した。
 遠くウィーンにいる月森。
 こんなに離れていてもなお彼女の心を離さない存在。
 こうして隣を歩いているのに、時々香穂子がとても遠い存在のように思えてしまう。
 帰ってこないのだろうと皆がそう思ったから、誰も連絡していない。
 加地から今回一時帰国しないのかとメールで問うたことがあるが、昨日になってようやく「一時帰国する予定はない」と一言だけ返ってきた。
 連絡を取ったことを教えれば、香穂子はきっと落ち込む。だから何も言わない。
「私も、ちゃんとしなきゃ」
 漠然とした物言いが逆に加地を心配させる。何をどうするのかがよく掴めない。それでも一つははっきりしていることがある。
「・・・月森のことを言ってるのなら、僕は何も言わないよ。香穂さんの自由だから。でも」
「でも?」
 言っていいのか少し逡巡する素振りを見せたものの、言いかけたのなら今更かと気付く。
「でも、僕は・・・」
 香穂子の、月森を想って奏でる音色に心惹かれたのだ。その月森を想う気持ちに何かしらの線引きをしようとしていることに納得できなかった。
「僕は、今の香穂さんのままでいてほしい」
 それで察して欲しかった。
 辛くて淋しくて泣くのだとしても、月森を想っていて欲しい。例え月森が二度と香穂子の手を取ることがないのかもしれなくても。自分を好きになってくれたのならそれが一番幸せなことだけれど、それではあの音色を聴けなくなってしまいそうで。
「僕の、エゴなんだけど」
 小さく、すまなさそうに呟いた加地に「ううん」と首を振る。
「ありがとう、加地くん」
 香穂子が僅かに微笑んだ。いつもの、無理をしている時の笑顔だなと心が痛んだ。
「成人したことだし、いったん自分の気持ちに区切りをつけるよ。でも月森くんを好きな気持ちを諦めるつもりじゃないから」
「香穂さん・・・」
 いつまでも月森のことを引きずっているわけにもいかない。
 真っ直ぐに前を見て、大切な者こそを置いていった月森の気持ちに答えるために。
 今歩んでいる道が月森と交わることはないのかもしれなくても、いつか彼が自分の事を知った時に恥ずかしくないようにありたかった。
「新成人、始めの一歩だね」
 今の笑顔、天羽さんに撮って欲しかったなどと呑気に思うほど、香穂子の笑みは綺麗なものだった。








ヒトリゴト。(ブログより

遅ればせながら、明けましておめでとうございます(遅すぎ!
新年早々お腹壊してダウンしまして・・・ようやく復活してきました。教訓、食べ物は冷蔵庫に入れましょう。
そんなんで更新できずにすみませんでした。今年も宜しくお願い申し上げます。
元旦ネタとか書こうかと思っていたのですが、成人式ネタです・・・すみません。色々イベントがあるにも関わらずことごとく逃してますね、私。・・・今年は頑張って書きたい、ぞ。
ちんまい創作ブログですが、読んで下さる皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
皆様にとっても、良い一年となりますように。

2011.1.10UP