キラキラと陽の光が降り注ぐ。
木漏れ日が冬の終わりを告げている。
穏やかに吹く風は少し冷たいが、すぐに暖かいものに変わるだろう。
「気持ちいいね」
香穂子が髪を風になびかせながら振り向いた。
微笑を返し、空を見上げると、雲ひとつない、綺麗な青空が広がっていた。
「もう、春なんだな」
桜が咲き始めるこの季節になると、いつも思い出す。
君を置き去りにしてきた、あの季節のこと。
| 空想い 君想う |
少し陽の当たる芝生の上に、持ってきたレジャーシートを広げる。
風で飛ばされないように荷物を置きながら、香穂子が鼻歌を歌っている。
「楽しそうだな」
うん楽しいよと声色までが飛び跳ねているかのようだった。
「久しぶりに蓮と合奏できるんだもの!」
しかもこんないいお天気!と眩しそうに空を見上げた。
結婚してから仕事で忙しく、最近は休みが取れずに寂しい思いをさせていた。
久々のオフが取れて、折角だかたどこかに出かけようと決まったのが今朝。
天気もいいし、たまには君と外で合わせてみたいと俺から提案して、ヴァイオリンと弁当を持って公園にやってきた。
「俺も楽しみにしている」
「あーでもそんなに上手くないから、足引っ張っちゃうよ」
「そんなことを気にすることはない」
上手いだとか下手だとか、そんなことはどうでもいい。
ただ俺が彼女の音色に浸っていたいだけだから。
演奏の合間に交わす会話。
今のここの音が良かったとか、「ヴァイオリンだ!」と楽しそうに耳を傾けている親子がいたとか。
他愛のない言葉を交わすことがこんなにも楽しい。
そうしてまた演奏して・・・の繰り返し。
二人だったり、一人で奏でるその音色は、どこまでも優しい。
音の粒がシャボン玉のように空で弾けて消える。
時々ミスもなくはないが、それさえも彼女らしくて微笑ましい。彼女は悔しそうに唇を噛むけれど。
そうして何曲か弾き終えた時、香穂子がふーっと息を吐いた。
「少し休憩しようか」
時計を見ると、昼を回ってしばらく経っていた。
「そうだね。久しぶりにたっくさん弾いたー!」
お腹空いちゃったと子供のように舌を出して笑う。お腹が空いたと聞くと、俺もそう感じられてきた。
ヴァイオリンをしまって、弁当を取り出す。蓮は紅茶をお願いねと頼まれて・・・保温の水筒から注ぐだけだ・・・俺も手伝う。
「いただきます」
二人同時に手を合わせる。海外で生活しているとこういった仕草に不思議そうな視線を投げかけられるが、もう慣れた。
「日本はもう桜が咲いてる頃だね」
サンドウィッチを頬張りながら、のんびりと香穂子が呟いた。
「ああ・・・」
こちらでも桜は見られないことはないが、日本ほどの風情だとかをあまり感じることはない。
「見たいのか?」
香穂子は、あははと笑って「私じゃなくて」と首を振った。
「蓮が見たいんじゃない?」
「俺が?」
だって、さっき「春だな」って言ってたから、と。少し遠慮がちに目を伏せた。
先ほどふと漏らした言葉が聞こえていたのか。
「その・・・君の事を、考えていた」
「私?」
季節は移ろい行くのに、心は立ち止まったまま・・・冬のままで。
君を置き去りにした季節。
毎年この季節になると、空を見上げては君に向かってヴァイオリンを奏でていた。
いま何をしているだろうか。音楽を選んだ俺を、君はもう忘れて他の誰かの隣を歩いているんだろうか。
待っていてくれとも、別れの言葉も言えず、曖昧なままで旅立った。それは後になってひどく俺自身を苛んだ。
待っていてほしいと言えなかった自分の弱さ。そしてそれが君をも傷つけ続けているだろう罪の意識。
叶うのならば、君に会ってこの腕に抱きたい。俺のことをずっと忘れずに好きでいてほしい、待っていてほしいと伝えたい。そんなことを思いながら。
「・・・忘れてなんか」
黙って聞いていた香穂子が顔を上げた。
「忘れられるわけないよ。あんなに憧れて憧れて・・・憧れた人だもん」
「・・・香」
「今でも憧れてますよ、だんな様」
照れくさそうに笑う君が隣にいる。
それを、俺は感謝してもしきれない。
「それにね、気にしなくていいんだよ。蓮が罪悪感なんか感じることない」
さあっと風が通り抜けた。
「香穂子」
「なあに?」
「・・・ありがとう」
ぱちっと目を丸くして。
「ええっと・・・どういたしまして?」
何故お礼を言われるのかわからないと大きく顔に書いたまま返す彼女に、思わず吹き出した。
気付けば影が伸びて、俺たちのいる場所にまで届くようになっていた。
木陰になると少し涼しい。
「香穂子。ひとつ、頼みたいことがある」
「できることなら一つと言わず、何でもどうぞ」
片付けを終えて、俺は一つ「お願い」をしてみた。
「・・・膝?」
.「ああ」
「・・・膝」
それって・・・と顔を赤くした香穂子につられそうになりながら。
できるだけ何でもなさそうに。
「膝枕だな」
「え、・・・ええっ?!」
「嫌なら構わない」
ちょっと待ってどうしてそこで拗ねるかな!と苦笑いで返事が返ってきた。
「はい、どうぞ」
腿を軽く叩いて準備ができたことを教えてくれる。
何度か頭を乗せなおして、心地のいい場所を見つけると、ふ、と息を吐いた。
木陰から時々木漏れ日が落ちてくる。キラキラしたそれは、手を伸ばせばこの手にできそうな、そんな気さえした。
「蓮?」
実際手を伸ばした俺に、不思議そうに香穂子が覗き込む。
「ああ、いや。・・・木漏れ日が」
手を下ろすと、眩しいのだと勘違いした彼女が目の上を手で覆う。
「眠ったら?」
ああ、それもいいかもしれない。
香穂子の膝の上に頭を乗せて、彼女の手の上にある空を思う。
変わらず青いままのそれは、宇宙の広さに比べると遥かに小さな俺たちを包み込むようにも、笑っているようにも見えた。
悲しみ、焦がれていた想いは決して消えるものではないし、結果として俺たちがこうして隣にいることができたことを考えれば、捨て去っていいものでもない。
けれど、今は・・・この暖かさに満たされていたいから。
君が傍にいることを感じていたいから。
悲しみも、惑いも。そういった想いすべて。
深く、・・・ふかく。
眠ってしまえ。
ヒトリゴト。(ブログより
ボツネタ1話めです。
何故ボツにしたか、それはこの後のお話が気に食わなかったから。
どうにかして違うものができないかと色々やってみたのですが結局ダメで、提出したのは学生バージョン。それでも難しかった・・・!