| 脈絡なく抱きしめる |
日野香穂子のヴァイオリンが変わったらしい。
そんな噂を耳にして、本人に確かめようと普通科棟へ足を踏み入れた。
制服が違うことの視線なのか、コンクールで普通科の中でも一躍有名人になってしまったせいなのかはわからないが、ひそひそと自分を見ながら交わされる会話の内容など、月森にはどうでもよかった。
「・・・土浦」
一番会いたくなかったライバルに会ってしまった。
向こうもほぼ同時に気付くと、途端に顔をしかめて腕を組んだ。
「音楽科のエリート様が、普通科なんぞに何の用だ?」
「日野を探している」
「・・・あいつなら、いないぜ」
「そうか」
黙って背を向けようとし、背中越しに振り返った。
「土浦。今、いいだろうか」
「日野のヴァイオリン?いや、間近では見たことないな。噂のことか?」
放課後の賑わいを避けるようにして、普通科の屋上へと続く階段の踊り場に、二人はいた。
「音色が明らかにおかしい。本人に聞いてみようと思うのだが、いつもいない」
「まあ、・・・な。お前には聞かれなくないと思うぜ」
「なぜだ?」
「そこまで教えてやる義理はないね」
じゃあなと階段を一歩下りた土浦に、月森が尚も問いかけようと口を開いたときだった。
「あれ、土浦くん。と、月森くん」
どうしたの?と問いかけたのは香穂子だ。
「お前こそどうしたんだ?帰ったんじゃなかったのか?」
「うん、正門出て忘れ物に気付いて戻ってきたの」
「あほか」
「すみませんねえ。で、二人は何してるの?」
仲が悪いことで有名な二人が、人目を避けるようにして何かを話しているのが珍しくて、特に何も考えずに出た問いだった。
「・・・私のこと?」
噂されていることなら香穂子も知っている。コンクールメンバーにも聞かれたけれど「今は聞かないで」と逃げ回っているのだ。この二人だって、真相を知りたいのだろう。
「ヴァイオリンのことかな。・・・あの噂のことなら」
ゆっくりと香穂子が階段を上ってきた。踊り場を過ぎ、二人の間を抜けて、2〜3段高い所にちょこんと座る。
「本当だよ」
二人の目が驚きで見開かれた。
「今まで使ってたヴァイオリン、私のせいで壊れちゃって。リリが新しいのをくれたの」
「それじゃあ」
「魔法のかかってない、普通のヴァイオリン。だから今弾いてるのは、私の本当のレベル」
それでも、魔法のヴァイオリンのおかげで何とか形になってはいるけれど。
「・・・それでもまだコンクールに出るつもりか?あの音で?」
「出るよ」
きっぱりと、香穂子が告げた。
「最後までやるって決めたから。誰に何を言われようと、私は最後までコンクールに出る」
問うた月森の瞳をきっちりと見返した。
その揺るぎない決意を浮かべた香穂子に、土浦が「わかったよ」と返した。
「俺はお前を応援するぜ。どっかの誰かさんが何を言ってもな」
月森をチラリと見やると「じゃあ俺行くわ」と階段を下りていく。
残された二人の間に、微妙な雰囲気の空気が流れた。
「コンクールの質を落とさないでもらいたいという気持ちは、今でも変わらない。・・・だが」
横を向いて、腕を組んだ。少し言いづらそうに俯いて。
「君がヴァイオリンを続けるということは、嬉しいと思う」
「・・・ありがとう、月森くん」
じゃあ私も行くね、と立ち上がり、階段を下りる。踊り場で月森の前をすり抜けようとした、その時。
「・・・え?」
背後から月森に抱きしめられたのだと気付いたのは、数秒経ってからだった。
月森の体温。耳に触れる吐息。離れようともがいても離れない腕。
「月森く・・・離して・・・!」
「俺は、君をヴァイオリニストとして認められないと言った。リリの魔法の手助けを得ている音楽は、君のものじゃない、とも。・・・けれど」
香穂子の体から力が抜けた。少しうなだれている。
「けれど、今の君のヴァイオリンが、君の本当の力を引き出すのだと知って、俺は・・・正直、嬉しかった」
「嬉しい?」
「聞いていられないのは本当だ。今後のコンク−ルの質にも関わる。だから・・・」
月森がゆっくりと腕を離した。香穂子が自分の体を抱きしめるようにして月森を振り返った。
「俺で良ければ、わかる所は教えよう」
「・・・ホントに?いいの?」
「ああ、構わない」
コンクールの質も落とさず、香穂子の技術も上がる。一石二鳥だというのは、建前で。
(本当は)
(俺が、君の傍にいたいだけなんだ)
(君が奏でる音色を、聴いていたいから)
嬉しそうに笑う香穂子に「それじゃ」と背を向けた。
「ありがとね、月森くん!」
背中で聞きながら、月森がほんの少し、微笑んだ。
ヒトリゴト。(ブログより
脈絡あるじゃないか・・・!うう、がっくり。
漫画で、・・・ありますよね。月森が後ろから抱きしめるシーンが。まだ読んでいないのを後悔しております・・・それに絡められた、かも?
2010.12.8UP