キスしようとして前歯をぶつける

 




 

 例えば二人だけの時。
 何か物言いたげにお互いを見ていることに気がついていても、なかなか切り出せない。
 特に香穂子には、自分から言い出せばはしたなく思われそうで言えなかった。
 人がいない所で手をつなぐ。握った手の温もりに安心する。

(でも、これだけじゃ足りない)

 一緒に登下校して。
 毎日のように一緒に昼食を食べて。
 放課後には一緒に練習する。
 休日には街へ出かけたり、月森の家で過ごす。
 それだけで充分だと、そう思っていた。
 最近までは。





「このCD借りていいかな?」

「構わない。・・・ああ、それか。それなら、こちらに原曲が入っているものがあるから・・・」

 読みかけの本から目を上げて、香穂子がひらひらと振るCDジャケットを見やる。確かそのCDには短く編曲された楽曲があるから、全てを聴くなら別のCDのほうがいいだろうと立ち上がる。

「確かこの辺に・・・」

 一歩下がって月森が探すのを見ていた香穂子が、ぼそりと呟いた。

「月森くんて、どのCDに何が入ってるのか、全部覚えてるの?」

「全部ではないが、ある程度は」

 視線はCDラックから外さないまま、月森が答える。うわあ、と声を上げた香穂子に「何故驚く?」と少し目を見開いて振り返ろうとして。

「・・・!」

 その距離の近さに驚いた。



 それは突然だった。

「・・・・・・」

 突然ではないのかもしれない。
 そうなるべくしてなったのかもしれないとも思う。
 けれど今となってはもうどうでもいい。
 静かに、月森の瞳が伏せられた。
 近づいてくる唇を、香穂子はただ黙って見つめている。
 一瞬、迷うように近づくことを止めた月森が、香穂子の瞳を覗き込む。

「・・・かほこ」

 小さく、小さく。
 呼ばれた自分の名前。
 それだけで、香穂子は幸せだと思った。

 ゆっくりと、壊れ物に触れるかのように。
 月森の唇が押し当てられた。
 一瞬のような、それでいてもっと長くもあったような。
 ゆっくりと唇が離れる。

「香穂子。・・・君が、好きだよ」

 囁く言葉が、砂糖のようだ。
 そんなことを考えながら微笑むと「もう一度、いいか?」と問われた。

「聞かないでよ・・・」

「すまない」

 お互いに顔を赤くして、額をくっつけあう。
 最初は優しく、恐る恐るだった口付けも、今度は少し慣れたのか。
 カチンと音がした。

「・・・大丈夫?」

 咄嗟に唇を離す。ああ、と月森が恥ずかしそうに頷いた。

「コツがよくわからないな」

「既にわかってるのも何か嫌だなあ」

「お互いに、学習していけばいい、ということか」

 うん、と香穂子が頷いた。

 

 

 

 

 

2010.12.29UP