しまった、と気付いた時にはもう遅い。
 言葉を消しゴムで消せたらと今ほど思ったことはなかった。



「月森くんなんて、大っ嫌い!」

不機嫌な君へ告ぐ

 




 

 天気がいいからと森の広場で弁当を広げ、他愛のない話や、音楽の話、そしてやっぱりどうでもいい話をして二人の時間を楽しんでいた。
 事の発端は、ある曲の解釈について意見が分かれたことだった。
 楽譜通りに弾くことこそが作曲者の意図を一番に汲み、それが素晴らしい音楽へと続くという月森。
 多少のアレンジをしても、自分がこうと解釈するのであれば、自分の信じるように弾きたいという香穂子。
 いつもならお互いの意見を尊重して終わるのだが、今日に限ってお互いに譲らない。

「君も音楽を志すものとして、もう少し勉強したほうがいい。いつまでも君の好きなように解釈した演奏が評価されるとは限らない」

「それでも私がそれでいいと思うなら、そう弾くよ。例え月森くんに言われたって」

「・・・堂々巡りだな」

 視線を合わせずにため息混じりに吐き出された言葉に、とうとう香穂子のどこかの線が音を立てて切れた。

「もういいよ!私は私の好きなようにやる!・・・月森くんなんて」

 すうっと息を吸って。

「月森くんなんて、大っ嫌い!」





 しまった、と思った。
 考えナシに言ってしまった言葉。嫌いなんて、全然思ってもいないことを。
 はっと気付いて両手を口に当てた所で、吐き出された言葉が戻ってくるはずもなく。
 重苦しい空気が二人を包んだ。

「・・・君の好きなようにするといい」

 それだけを言い置いて、月森が立ち上がった。

「君には君のやり方がある。元々俺とは正反対だから、君がそう言うのも仕方ないだろう」

 だけど、と。
 小さく告げられた言葉があった。

「君の姿勢を、・・・俺にはないその音楽への向き合い方も、俺は好きだと思う」

 香穂子が顔を上げた。真剣な眼差しとかち合う。

「俺は、君が好きだ。君自身もそうだが、ヴァイオリンを奏でる君も」

「つきもり、くん・・・」

「俺も言い過ぎた。すまなかった」

 ううんと勢いよく首を振って。
 周りの目も気にせずに月森の胸に飛び込んだ。

「私も、ごめん」

 くぐもった声が小さく聞こえた。

「では改めて、君の解釈を聞かせてもらえるだろうか」

「もちろん!」

 

 

 

 

ヒトリゴト。

 サイトにアップするためにざっと読み直しながら作業しているのですが、どうもこの二人がケンカするのが嫌なようです、私。話にならねえっ!

 

 

 

2010.12.5UP