ウィーンに一人残してきた香穂子から、メールが届いた。
今はヨーロッパをツアーで回っていて、同じヨーロッパ内といえど容易にウィーンのアパートに帰ることができない。
食事や着替え、健康面のことを心配してくれる香穂子からのメールは、俺にとっては心が休まるものだった。
返信はしたりできなかったりだが、彼女はあまり返事がくることを期待していないようだ。忙しいということもあるが、返事を書く時間があるのなら休んで欲しいということのようだった。
風呂上りでタオルで髪を拭きながら、パソコンの画面に映し出されている彼女からのメールを眺める。
今はロンドンだね。
ロンドンは雨や霧が多いと聞きました。ヴァイオリンの管理が大変だと思うけど、いいコンサートになるように、ウィーンで祈っています。
着替えは大丈夫?ロータスさんが明後日ウィーンに戻るってさっき連絡もらったから、何かあれば持って行ってもらうので言ってね。
今日は市場でお買い物してきたよ。パン屋のおばさんが蓮によろしく、だって。あのおばさんは蓮の大ファンなんだよね。熱烈なファンがいるっていいねえ?
それじゃあ、お休みなさい。
いつも手短なメールは、お喋りが好きな彼女にしては物足りないものだ。
けれどその短さも俺が少しでも休めるようにと気遣った結果なのだと知っている。
持っていたペットボトルをパソコンの脇に置き、キーボードへと指を滑らせた。
香穂子へ
ロンドンは晴れている。ここ数日雨だったそうだが、俺が着く少し前に晴れたのだそうだ。
準備は順調に進んでいる。ロータスが明後日戻るが、着替えの心配はいらない。
イギリスの料理はあまり評判が良くないことで有名だが、それなりにおいしいと思う。
君にも今度イギリスの料理を食べさせてやりたい。ハギスという料理は、君はきっと驚くだろうが、先人の知恵が詰まった料理だ。俺はあまり食べられなかったが。
一週間後にはウィーンに戻る。
それまで一人で留守番をさせてしまうが、君なら大丈夫だろう。
それじゃ。
送信ボタンを押下して、パソコンを閉じた。
書きかけて、消した『続き』。何となく気恥ずかしくて消してしまった。
『先日、会えない君に、一つだけ会える方法をみつけた。
同じ夜空を見上げているのだろうと思うと、ロンドンとウィーンという距離も、そう遠く感じることはない気がする。
君と同じ夜空の下にいることが、その距離を埋めてくれる。
だから、君も見上げてみてほしい。
きっと俺も、同じ月を見上げているから。』
えー、ハギス。これはですね、羊の胃袋の中に羊の肉や野菜を詰めて煮込んだものです。
ずっと昔はよく食べられていたそうですが、今は「赤貧料理」・・・まあつまりは給料日前日とか(笑)に食べることがあるそうです。イギリスというとフィッシュアンドチップスなんですが、意外性を狙ってハギスにしてみました。
実物を出されたことがあるのですが、・・・食べれなかった・・・
2010.12.12.UP