いつだって。

 俺は、君を想っている。




手を伸ばせば

 




 校舎の中を移動中、ふと外を見た。
 その視線の先に、香穂子がいた。誰かと楽しそうに喋っている。

「・・・土浦、と・・・加地?」

 その他にも香穂子の友達なのだろう、女子生徒が数人。
 少し距離があるせいか、香穂子は気付かない。
 最初に気付いたのは、加地だった。
 月森の存在に少し目を見開く。しかしすぐに何かを含んだ笑みで視線を逸らした。
 あの輪の中に入って行けない。入ることを許されない自分。
 香穂子はいつだってその手を広げて輪の中にすんなり入れてくれる。きっと今ここで月森が話しかけても邪険にしない。
 けれど。

(あの中には、入れない)

 加地の視線に土浦が気付いた。
 こちらを見ようとする土浦より先に、月森が背を向けた。
 二人の視線が痛かった。





「さっき月森くん、いたよね?」

 日も落ちて暗くなり始めた放課後。
 偶然エントランスで会った香歩子と並んで歩き出すと、彼女が言った。

「加地くんと土浦くんが言ってたよ」

「・・・話しかけられる程の距離ではなかったから」

 そっか、と香穂子が視線を逸らす。

「月森くんの噂してたんだよ」

「・・・俺の?」

「まあそんな嫌そうな顔しないでよ。月森くん、こないだ私と合奏してくれたでしょ?森の広場で。その時にね、月森くんの音がコンクールの時と変わったよねって話をしてたの」

 まただ。
 コンクールが終わって大分経つというのに、未だにそれを言われるのだ。
 音が変わった。
 響きが良くなった。

「どう違うんだ」

「え?」

 ざっと風が吹いた。

「何が、どう違うというんだ。俺は変わらない。なのに、なぜ音が変わったとか言うんだ・・・!」

「月森、くん」

 香穂子は、月森が抱く焦燥を知る。
 あんなにも優しい音が出るのに。
 この人は、それに戸惑って、悩んでいる。

「いいんだよ」

 大人びた表情で香穂子が前を見つめる。

「月森くんは、月森くんだから。そのまま、自分の音を信じていいんだよ」

 本当の音色は、優しい、穏やかなものだから。
 きっと認めるまでは苦しむかもしれない。
 でも、受け入れてしまえば、ヴァイオリンは甘く響く。

「なーんてねっ」

 照れくささを隠すためだろう、月森に向き直ってちょこんと舌を出した。

「私なんかに言われるまでもないだろうけど」

「いや」

 月森が即答したことに、香穂子は驚いた。

「ありがとう、日野」

 手を伸ばす。
 けれどその手の行方をどうしようか一瞬迷って。
 頭の上に置いた。
 流れる髪に沿って、そろりと撫で下ろす。
 普段の月森らしからぬ仕草に、香穂子は驚きに目を見開いて。
 顔を真っ赤に染めて顔を背けた。





 隣を歩く。
 ただ無言で。
 足音だけが二人の間で響く。



 時々触れる肩先の、何気ない温かさ。
 手を伸ばせばすぐに届く、その距離が。
 こんなに愛しいと思えるなんて。



 いつかこの距離が、測れないほど遠くなるとしても。
 ずっと。





(君を想っているから)







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