冷めた料理

 




 故郷と呼べる地を離れて、いくつ季節を越えただろう。
 そんなことを考えても何になるわけでもない。
 ただ、置き去りにしてきた一人の少女だけが、今の月森の心を凌駕している。

「香穂子」

 いつでも蘇るのは全開の笑顔。
 自分を呼ぶ声。
 ヴァイオリンを楽しくて仕方がないと全身で表現する、その姿。

 君は今、何をしているだろう。
 時差を考えて、日本は今・・・と真剣に考え始めた自分に「意味のないことを」と自嘲した。
 自分は大切な人を置いてきたのだ。
 自分の道を選び取って。
 それでも、彼女の姿が消えない。
 自分を呼ぶ声が、すぐ傍で聞こえたような気がして顔を上げる。

「料理冷めちゃうぜ。もうすぐ午後の講義も始まるんだから、食っちまえよ」
 友人が声をかけて「じゃあまたあとで」と去っていく。
 ああ、と上の空で返事をして、目の前のランチセットに目をやった。

(そういえば)

 クリームパスタとサラダのセット。
 オニオンスープがもう冷め切っていた。

(香穂子が好きだったな)

 パスタが好き。
 ケーキが好き。

 月森くんが、好き。

 そう言ってくれた時の顔がまざまざと蘇り、狼狽して口元に手を当てた。

(叶わない想いでも)

 君に会えたら。
 どんなにか、いいだろう。

「・・・今更」
 そう。今更だ。
 捨てたのは自分なのだから。

 冷え切ったパスタを一口食べる。
 もう旨味も何もない、ただの「食べられるもの」と化したそれを、月森は淡々と口へ運び続けた。
 精一杯の、自分への嘲りと共に。







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