| 冷めた料理 |
故郷と呼べる地を離れて、いくつ季節を越えただろう。
そんなことを考えても何になるわけでもない。
ただ、置き去りにしてきた一人の少女だけが、今の月森の心を凌駕している。
「香穂子」
いつでも蘇るのは全開の笑顔。
自分を呼ぶ声。
ヴァイオリンを楽しくて仕方がないと全身で表現する、その姿。
君は今、何をしているだろう。
時差を考えて、日本は今・・・と真剣に考え始めた自分に「意味のないことを」と自嘲した。
自分は大切な人を置いてきたのだ。
自分の道を選び取って。
それでも、彼女の姿が消えない。
自分を呼ぶ声が、すぐ傍で聞こえたような気がして顔を上げる。
「料理冷めちゃうぜ。もうすぐ午後の講義も始まるんだから、食っちまえよ」
友人が声をかけて「じゃあまたあとで」と去っていく。
ああ、と上の空で返事をして、目の前のランチセットに目をやった。
(そういえば)
クリームパスタとサラダのセット。
オニオンスープがもう冷め切っていた。
(香穂子が好きだったな)
パスタが好き。
ケーキが好き。
月森くんが、好き。
そう言ってくれた時の顔がまざまざと蘇り、狼狽して口元に手を当てた。
(叶わない想いでも)
君に会えたら。
どんなにか、いいだろう。
「・・・今更」
そう。今更だ。
捨てたのは自分なのだから。
冷え切ったパスタを一口食べる。
もう旨味も何もない、ただの「食べられるもの」と化したそれを、月森は淡々と口へ運び続けた。
精一杯の、自分への嘲りと共に。
2010.2.16UP