月森と言い合いをしてしまった。
気まずい雰囲気のまま月森は出かけて行った。
毎日ハードスケジュールをこなす彼には、この家でゆったりくつろいでほしい。
そう思って自分なりに頑張ってきたつもりだったのに。
「はあ〜・・・ダメだな私・・・」
慣れない海外生活。言葉や習慣の面で戸惑うことなんか日常茶飯事だ。
辞書片手に買い物していた日々を思えば、多少なりとも話せるようになった今のほうが暮らしやすいのだが。
それでも文法なんか関係なく単語の羅列だけで会話を試みる暴挙を苦笑いで許してくれる地元の人たちの優しさで、何とかやっていけている。それも どうにかしたくて語学学校に通いたいという申し出から事は起こった。
「語学学校か」
「うん。そろそろ文法とかちゃんとした会話ができるようにならないとって思って」
「通うのは構わない。ただ・・・遠いだろう?」
今住んでいる街はそこそこ大きな街だけれど、語学学校となると少し遠い所まで行かなくてはならない。
明らかに「外国人」である香穂子が、一人で出歩くことをあまり良しとしない月森が、少し難しい顔をした。
日本人を狙った犯罪は、治安のいいヨーロッパでも全く起こらないわけじゃない。
しかも「ヴァイオリニストの月森蓮」の妻であるという事実を、知っている人は知っているものだ。熱狂的なファンに何かされるかもしれないという危惧もある。
心配する月森をよそに、大丈夫だと言い張る香穂子とで意見が対立し、朝から不穏な空気のままタイムオーバーとなってしまったのだった。
「資料集めて、あと誰か一緒に通ってくれるような人・・・なんているわけないかー」
大きくため息をつきながら、とりあえず学校の資料だけでも請求してみようと携帯を手にした所で、タイミングよく電話が鳴った。
「うわっ!びっくりした・・・マネージャーさんだ」
家の固定電話は鳴っても取らないように月森から言われている。大概ローカルからの電話で、香穂子では理解できないだろうということと、いたずら電話の可能性もあるからだ。
携帯ならば発信者がわかるから、知っている人からの電話にだけ出ればいい。
それは香穂子にとってはありがたいことだった。
「こんにちは、ロータスさん」
月森のマネージャーは華僑系オーストリア人で、ドイツ語、英語、北京語の他に日本語も多少話せるマルチリンガルだ。語学以外にも有能で、本人から是非月森のマネージメントをしたいという申し出があり、月森がデビューする当初から仕事の面で支え続けている。
彼の名前の「ロータス」は「LOTUS」、つまり「蓮」だ。
華僑の人たちは本名の中国語名以外にニックネームを持っている。
たまたまそれがロータスだったのだが、月森の名前と同じという縁に何かを感じ取っているらしい。
そういった縁だったりインスピレーションを、華僑の人は大事にしている。
結果的にこうして仕事がうまくいっていることを見ると、カンのようなものも大事だなと思うと月森が言っていた。
「こんにちは、香穂子さん。今、大丈夫ですか?」
月森のマネージメントが決まるまではほんの少ししか話せなかったという日本語だが、勤勉な彼は忙しい合間を縫って勉強に勤しみ、日常会話で多少困らない程度にまで上達していた。
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
ロータスは月森たちよりも7歳ほど年上なのだが、敬語で話さなくてもいいと言う。しかし年上には敬語で話すものと躾けられている香穂子には、なかなか難しい注文だった。月森も時々敬語になると言っていた。
「月森さんから、学校の話聞きました。パンフレットを集めるようにスタッフに言いましたから、少し待って下さい」
「ありがとう、ロータスさん!とっても助かります」
月森のマネージメントをしているエージェントは、大きな会社ではないが、だからこそスタッフ同士の連携が密だ。
特に香穂子が困ったことにならないよう、常に気を配ってくれている。忙しい月森に代わって、一緒に買いものに行ってくれることだってある。
「それから、学校に通う時のことですが」
「あ・・・」
その話をした時の雰囲気を思い出して、香穂子は暗い気持ちで携帯を握りなおした。
「こちらのスタッフが一緒に行くのはどうですか?」
「ええっ、さすがにそこまでは・・・」
プログラムにもよるが、時々という頻度ではない回数であろうクラスに、毎回来てもらうのには申し訳ない。
しかしロータスの話は続いている。
「実は、新しいスタッフが入ってきたのですが、彼女は英語が話せないんです。仕事で電話もするので、英語はできないと困ります」
「ああ、なるほど」
実は月森とロータスが考え出した策なのだが、香穂子は知る由もない。
それにエージェントに入社する必須条件のひとつに「英語が話せること」があることなど、香穂子が知るはずもない。実際は英語が話せるスタッフなのだが、それは伏せておく。
「前に何度か会ったことがあります。ジョアンナです」
「ジョアンナさん!彼女と一緒なら大丈夫ですね!」
「はい」
「では、パンフレットが来たら、どの学校に行くか決めましょう」
ありがとうと電話を切って、香穂子は大きく伸びをした。
「あとは蓮に謝って、仲直りだ!」
それにはまず買い物だ。
月森の好きなものをたくさん作って、仲直りしよう。
そう決めると、香穂子は早速準備にとりかかった。
「よし、こんなものかな」
あとは温め直すだけという状態にしておいて、香穂子はエプロンを外した。
今日は早く帰しますから、仲直りしてくださいとロータスに言われたことを思い出し、赤くなった頬を両手で押さえた。
「ケンカしてるってバレてるなんて・・・恥ずかしすぎる・・・」
ソファに座って、淹れたばかりの紅茶の熱さに眉をひそめる。
帰ってくるまで譜読みでもしようかなと、近くに置いていた楽譜に手を伸ばした。
「・・・こ」
「かほこ」
「香穂子」
月森の声がする。
優しい、甘さを含むその声が、香穂子は好きだ。
「れん・・・」
その声音の優しさに嬉しくなって。
小さく伴侶の名を呼んだ。
その声の艶やかさに顔を赤くしている月森の顔をみられなかったことに後々後悔することになるのだが。
「・・・ただいま、香穂子」
ソファで眠ってしまっていた香穂子の隣に座って、月森が覗き込んでいた。
「ん〜、・・・おかえりなさい」
「寝るのなら寝室に・・・」
「おかえりなさい」
これは完全に寝ぼけているなと苦笑して、月森は香穂子を抱き上げた。
その反動で、香穂子の目がぱちっと開いた。
「あ、あれっ?」
「・・・起きたのか」
「え、蓮?おかえりなさい、っていうか・・・なんで?」
状況がよくわかっていない香穂子に吹き出しそうになりながら、月森が説明してやる。
「俺が帰ってきたら、君はソファで楽譜を握り締めて寝ていたんだ。起こしても寝ぼけているようだったから、これから寝室に連れて行こうとしているところだが」
「あ、そうだ、譜読み・・・じゃなくて!下ろして」
「何故?」
「だって私・・・」
重いでしょ?と小さく続いた言葉に、月森は一瞬きょとんとして。
今度こそ吹き出した。
「何で笑うの?!」
「いや・・・」
表情がくるくると変わるのが面白いなど、言えるわけがない。
寝室に続くドアを開けたところで、香穂子が再度「下ろして」と言った。
「ご飯、食べるでしょ?」
「先ほどテーブルの上を見たが、俺の好きなものばかりだったな。あんなにたくさん作るのは大変だっただろう」
「ううん、全然平気だよ」
言い合いをして心の中がモヤモヤしたまま一日を過ごした苦痛を考えれば。
些細なことだ。
「しかし・・・」
香穂子の体がベッドに横たえられた。
壊れ物を扱うように、そっと。
「今は、君がいい」
「え?」
ふ、と。
月森が少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「ごちそうは後で頂こう。それよりも今は君が欲しい」
「・・・!」
仲直りだ。
耳元でそう囁く声で、香穂子の思考はいつも簡単に弾け飛ぶ。
今朝はごめんとか、謝る言葉を考えていたのに。
そんなことを全て飛ばした月森の請いに、香穂子は小さく頷いた。
「俺はいつも君を想っている」
いつでも、どんな時でも。
だからそれを覚えていてほしい。
「君を愛している、香穂子」
蜜月は、ずっと続いていく。
ヒトリゴト。
お題と関係なくなっちゃった・・・!
あああ。
書いてるうちに方向がビミョーにズレてきた・・・(言い訳
少し書き直すかもです・・・あああすみません(謝
気まずい雰囲気のまま月森は出かけて行った。
毎日ハードスケジュールをこなす彼には、この家でゆったりくつろいでほしい。
そう思って自分なりに頑張ってきたつもりだったのに。
「はあ〜・・・ダメだな私・・・」
慣れない海外生活。言葉や習慣の面で戸惑うことなんか日常茶飯事だ。
辞書片手に買い物していた日々を思えば、多少なりとも話せるようになった今のほうが暮らしやすいのだが。
それでも文法なんか関係なく単語の羅列だけで会話を試みる暴挙を苦笑いで許してくれる地元の人たちの優しさで、何とかやっていけている。それも どうにかしたくて語学学校に通いたいという申し出から事は起こった。
「語学学校か」
「うん。そろそろ文法とかちゃんとした会話ができるようにならないとって思って」
「通うのは構わない。ただ・・・遠いだろう?」
今住んでいる街はそこそこ大きな街だけれど、語学学校となると少し遠い所まで行かなくてはならない。
明らかに「外国人」である香穂子が、一人で出歩くことをあまり良しとしない月森が、少し難しい顔をした。
日本人を狙った犯罪は、治安のいいヨーロッパでも全く起こらないわけじゃない。
しかも「ヴァイオリニストの月森蓮」の妻であるという事実を、知っている人は知っているものだ。熱狂的なファンに何かされるかもしれないという危惧もある。
心配する月森をよそに、大丈夫だと言い張る香穂子とで意見が対立し、朝から不穏な空気のままタイムオーバーとなってしまったのだった。
「資料集めて、あと誰か一緒に通ってくれるような人・・・なんているわけないかー」
大きくため息をつきながら、とりあえず学校の資料だけでも請求してみようと携帯を手にした所で、タイミングよく電話が鳴った。
「うわっ!びっくりした・・・マネージャーさんだ」
家の固定電話は鳴っても取らないように月森から言われている。大概ローカルからの電話で、香穂子では理解できないだろうということと、いたずら電話の可能性もあるからだ。
携帯ならば発信者がわかるから、知っている人からの電話にだけ出ればいい。
それは香穂子にとってはありがたいことだった。
「こんにちは、ロータスさん」
月森のマネージャーは華僑系オーストリア人で、ドイツ語、英語、北京語の他に日本語も多少話せるマルチリンガルだ。語学以外にも有能で、本人から是非月森のマネージメントをしたいという申し出があり、月森がデビューする当初から仕事の面で支え続けている。
彼の名前の「ロータス」は「LOTUS」、つまり「蓮」だ。
華僑の人たちは本名の中国語名以外にニックネームを持っている。
たまたまそれがロータスだったのだが、月森の名前と同じという縁に何かを感じ取っているらしい。
そういった縁だったりインスピレーションを、華僑の人は大事にしている。
結果的にこうして仕事がうまくいっていることを見ると、カンのようなものも大事だなと思うと月森が言っていた。
「こんにちは、香穂子さん。今、大丈夫ですか?」
月森のマネージメントが決まるまではほんの少ししか話せなかったという日本語だが、勤勉な彼は忙しい合間を縫って勉強に勤しみ、日常会話で多少困らない程度にまで上達していた。
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
ロータスは月森たちよりも7歳ほど年上なのだが、敬語で話さなくてもいいと言う。しかし年上には敬語で話すものと躾けられている香穂子には、なかなか難しい注文だった。月森も時々敬語になると言っていた。
「月森さんから、学校の話聞きました。パンフレットを集めるようにスタッフに言いましたから、少し待って下さい」
「ありがとう、ロータスさん!とっても助かります」
月森のマネージメントをしているエージェントは、大きな会社ではないが、だからこそスタッフ同士の連携が密だ。
特に香穂子が困ったことにならないよう、常に気を配ってくれている。忙しい月森に代わって、一緒に買いものに行ってくれることだってある。
「それから、学校に通う時のことですが」
「あ・・・」
その話をした時の雰囲気を思い出して、香穂子は暗い気持ちで携帯を握りなおした。
「こちらのスタッフが一緒に行くのはどうですか?」
「ええっ、さすがにそこまでは・・・」
プログラムにもよるが、時々という頻度ではない回数であろうクラスに、毎回来てもらうのには申し訳ない。
しかしロータスの話は続いている。
「実は、新しいスタッフが入ってきたのですが、彼女は英語が話せないんです。仕事で電話もするので、英語はできないと困ります」
「ああ、なるほど」
実は月森とロータスが考え出した策なのだが、香穂子は知る由もない。
それにエージェントに入社する必須条件のひとつに「英語が話せること」があることなど、香穂子が知るはずもない。実際は英語が話せるスタッフなのだが、それは伏せておく。
「前に何度か会ったことがあります。ジョアンナです」
「ジョアンナさん!彼女と一緒なら大丈夫ですね!」
「はい」
「では、パンフレットが来たら、どの学校に行くか決めましょう」
ありがとうと電話を切って、香穂子は大きく伸びをした。
「あとは蓮に謝って、仲直りだ!」
それにはまず買い物だ。
月森の好きなものをたくさん作って、仲直りしよう。
そう決めると、香穂子は早速準備にとりかかった。
「よし、こんなものかな」
あとは温め直すだけという状態にしておいて、香穂子はエプロンを外した。
今日は早く帰しますから、仲直りしてくださいとロータスに言われたことを思い出し、赤くなった頬を両手で押さえた。
「ケンカしてるってバレてるなんて・・・恥ずかしすぎる・・・」
ソファに座って、淹れたばかりの紅茶の熱さに眉をひそめる。
帰ってくるまで譜読みでもしようかなと、近くに置いていた楽譜に手を伸ばした。
「・・・こ」
「かほこ」
「香穂子」
月森の声がする。
優しい、甘さを含むその声が、香穂子は好きだ。
「れん・・・」
その声音の優しさに嬉しくなって。
小さく伴侶の名を呼んだ。
その声の艶やかさに顔を赤くしている月森の顔をみられなかったことに後々後悔することになるのだが。
「・・・ただいま、香穂子」
ソファで眠ってしまっていた香穂子の隣に座って、月森が覗き込んでいた。
「ん〜、・・・おかえりなさい」
「寝るのなら寝室に・・・」
「おかえりなさい」
これは完全に寝ぼけているなと苦笑して、月森は香穂子を抱き上げた。
その反動で、香穂子の目がぱちっと開いた。
「あ、あれっ?」
「・・・起きたのか」
「え、蓮?おかえりなさい、っていうか・・・なんで?」
状況がよくわかっていない香穂子に吹き出しそうになりながら、月森が説明してやる。
「俺が帰ってきたら、君はソファで楽譜を握り締めて寝ていたんだ。起こしても寝ぼけているようだったから、これから寝室に連れて行こうとしているところだが」
「あ、そうだ、譜読み・・・じゃなくて!下ろして」
「何故?」
「だって私・・・」
重いでしょ?と小さく続いた言葉に、月森は一瞬きょとんとして。
今度こそ吹き出した。
「何で笑うの?!」
「いや・・・」
表情がくるくると変わるのが面白いなど、言えるわけがない。
寝室に続くドアを開けたところで、香穂子が再度「下ろして」と言った。
「ご飯、食べるでしょ?」
「先ほどテーブルの上を見たが、俺の好きなものばかりだったな。あんなにたくさん作るのは大変だっただろう」
「ううん、全然平気だよ」
言い合いをして心の中がモヤモヤしたまま一日を過ごした苦痛を考えれば。
些細なことだ。
「しかし・・・」
香穂子の体がベッドに横たえられた。
壊れ物を扱うように、そっと。
「今は、君がいい」
「え?」
ふ、と。
月森が少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「ごちそうは後で頂こう。それよりも今は君が欲しい」
「・・・!」
仲直りだ。
耳元でそう囁く声で、香穂子の思考はいつも簡単に弾け飛ぶ。
今朝はごめんとか、謝る言葉を考えていたのに。
そんなことを全て飛ばした月森の請いに、香穂子は小さく頷いた。
「俺はいつも君を想っている」
いつでも、どんな時でも。
だからそれを覚えていてほしい。
「君を愛している、香穂子」
蜜月は、ずっと続いていく。
ヒトリゴト。
お題と関係なくなっちゃった・・・!
あああ。
書いてるうちに方向がビミョーにズレてきた・・・(言い訳
少し書き直すかもです・・・あああすみません(謝