ぎゅうってして。

 




 結婚式や披露宴などの時期は秋くらいになると思う、という言葉だけを残して慌ただしく終えてしまった前回の電話から数週間。その間もメールでのやりとりは続いていたが、肝心の結婚式についてのことを香穂子から一切触れられない。

(だってあんまりにも唐突で簡潔でほんとに聞いたことなのか自信ないし)

 月森からのメールもまた同様に触れることなく、些細なやり取りが二人の間を上滑るように流れていく。

「じゃあ次の帰国は来週の火曜ね」

「ああ」

 月森の穏やかな声。きっと電話の向こうで少し笑っているのだろうと思う。

「今、笑ってるでしょ」

「……そう、かも、しれない」

 言い当てられて内心ドキッとしたことも筒抜けのようで。

「声が嬉しそうだもん」

「君に会えると思ったら嬉しいと思ってしまった」

「…………」

「香穂子?」

 何度か呼びかけても反応がない。回線がおかしくなってしまったのかと思い始めた直後。

「……月森くんって、ほんと、怖い」

「怖い?」

 ぼそりと呟かれた言葉におうむ返しで問うと。

「そういうこと、…そういうこと、さらっと言わないで~!」

 今度は悲鳴に近い叫び声。思わず携帯を耳から遠ざけた。何やらきゃあきゃあと言っているのが聞こえるが、まあこれは聞かなくてもいいだろう。むしろわからないほうがいいのだろう、と月森は思う。

「香、穂、子」

 遠ざけた携帯に向かって区切るように呼びかける。ぴたりと「嵐」が止んだ。

「…………収まったようだな」

「…ゴメンナサイ」

「いや別に構わないが」

 思わず苦笑を漏らす。お互いの忙しい時間を割いた「二人の時間」なのだから、もっと建設的な話をしたいと思っているのは二人とも同じ。

「ああ、時間だな」

「え、…あ、うん」

「結婚式の日にちについてはまた追って連絡する」

「……え?」

「今度日本に帰った時に詳しく相談したいのだが、構わないだろうか。その頃には日にちも多少はっきりするだろう」

「……うん」

「君は式場をいくつか当たってみてくれないか。規模は小さければ小さいほどいい」

「……うん」

「香穂子?」

 途端に元気のなくなった香穂子に、どうしたのかと問うが、なんでもないとしか言わない。けれど、月森にしてみれば香穂子に元気がなくなった理由が自分の言葉であるのならばきちんと謝りたい。

「言ってくれないか、香穂子」

「…………ほんと、だったんだな、って」

「本当、とは?」

「前は、最後の最後に忙しそうにそれだけ言って切っちゃったでしょう?その後のメールにもそんなこと言ってなかったし。だから私の聞き間違いだったんじゃないかな、って……」

「ああ、すまなかった。前はスタジオにいて急に呼ばれたから慌ただしく切ってしまったんだ。…不安にさせて、すまなかった」

「ううん、それはいいの!気にしないで」

 ただでさえ、日本とウィーンという距離が二人を阻む。更には時差。月森の仕事も軌道に乗り始めているし、香穂子も香穂子で結婚式までの間にとアルバイトを始めている。お互いのこれからの時間の中に不安を感じることのないようにしていたかった。

「君とこちらで早く一緒に生活したいとずっと思っている。結婚式は大事なことだから、二人で決めたい。とは言ってもほとんど君に任せきりになるかもしれないが」

「それは、…うん、いいんだけど」

「君が不安に思うことや、わからないことがあれば何でも言って欲しい。君がこれからの生活を少しの曇りもなくスタートできるように。俺も俺なりの方法でしかできないが、君を支えていきたい」

「ありがとう、月森くん」

 いや、と月森が短く答える。
 沈黙が二人の間を包んだ。

「…ひとつだけ、今、いいだろうか」

「なあに?」

 叶わない願い。
 物理的な距離のせいで叶えられることのない。

「今、とても、君に会いたい」

「…つ、き、もり…くん」

「君に会って、君をこの腕の中に抱きたい。一分の隙もないくらい、君の温かさに触れていたい。…とはいっても叶わないことだが」

 無理を言ってすまなかった、と口を開きかけ。

「…今は、無理だけど。来週、空港に迎えに行くから。そしたら、ぎゅうって、してね?」

 再会して間もない二人の間に立ちはだかる距離の壁はあまりに厚い。けれど、その差を二人なりに縮めていく方法は、ある。

「ああ」

 月森が嬉しそうに笑った。



 一週間後。
 空港の出口ロビーから出てきた月森の胸に飛び込んだ香穂子は、約束通り力強く抱き返してくれる暖かさに嬉しくて涙がこぼれた。






2012.4.10UP