ぎゅうってして。 the first.

 




 結婚式は秋に。
 ただそれだけを告げて慌ただしく電話を終えてしまったから、今回はちゃんと説明しなくてはとかけた自宅の電話。
 あら月森くん、と世間話をしようとして、国際電話だったことを思い出し(かなり渋々)香穂子へと受話器を渡した。 

お母さん何か言ってなかった?最近月森くんと話すの楽しいみたいで

「いや。国際電話だからと早々に」
 

そう。そういえば家のほうにかけるなんて珍しいね?」

「何度か携帯にかけたんだが

「えっ、ホントに?!あー、そうだ、今充電してたから手元にないんでした

 まあ仕方ないだろうと苦笑い、本題を切り出した。

 

 

 

 

 

「ん、じゃあ10月下旬辺りで聞いてみるね」

「ああ、頼む」

 そろそろ時間だ。あまり長電話もできないから、香穂子が「じゃあね」と口を開きかけたのと同時に。

ごめん月森くん、今何て言ったの?」

 香穂子が聞き返した。 

いや、何でもないんだ。聞こえなかったらそれで構わない」 

「って言われたら気になるでしょう?大事なことなんでしょう?言って」 

「いや本当に」 

「何でもないのか、あるのかは聞いた私が決める。で、何?」 

 こういう時の香穂子は頑固なことを失念していた。

 適当にごまかせばいいものを、こういう時に柔軟に切り抜けられない自分の不器用さに唇を噛む。

……その」

「うん」 

………… 

…………

 どうごまかすかを必死で考えているらしい。香穂子にしてみれば、さっさと言ってしまえばいいのに、などと思うのだが。月森の嘘をつけない性格をわかっているから、ひたすら黙っている。
 息を吸っては何かを言い出しかけ、詰まって止めて。何度もその繰り返し。 

今」 

「うん」

「俺の、すぐ隣に」 

「うん」 

君にいて欲しい、と思ってしまって」 

 君に触れたい。
 そう呟いてしまったのだった。

「君は今日本にいて、俺はウィーンにいる。その事実が、時々どうしようもなく虚しく感じる。今ここにいて、君が笑いかけてくれたら。君を抱きしめて、触れさせてくれたら。下らないことだったな」 

「私もだよ。おんなじだね」

 香穂子が笑った。

「だから、今度月森くんが日本に帰ってきたら、ぎゅうってして?私も負けないくらいにするから!」

 ね、と。

 笑う表情がすごくわかる。目の前にいなくても、少し首を傾げて、あの太陽のような笑顔に少しだけ照れを混ぜて。

「約束ね!」

ああ」

 そう遠くないそのうちに。
 空港で一分の隙間もないほどに抱擁する恋人同士の姿があった。

 




2010.4.10UP