僕らには足りないものが多すぎた




 

足りなさすぎだったんだよ。



そう言われて、確かにそうだと納得する。

「言葉とか、態度とか。お互い恋愛に対して不慣れっていうのもあったんだろうけど。いや高校生で慣れてるほうがおかしいんだけどね」

 あははと加地が笑った。

「その程度には幼かったということだ」

「そうそう」

「けれど、約束を忘れられるほど子どもでもなかった」

「・・・・・・」

  留学を決めて、一人ウィーンに渡って。
 思い出すのは香穂子と過ごした時間ばかり。
 そうして「待っていてくれないか」と言えずに旅立った後悔の波に攫われて。

「今こうして香穂子が傍にいてくれるのは、君のおかげだ」

 ありがとう、と。 俺なりの感謝を込めて、頭を下げた。

「いやいやいやいや、頭なんて下げないでよ!」

 慌てた加地の手が肩を押す。

「僕には僕のやり方で、香穂さんを支えていくから。その最たるひとつに、香穂さんに笑っていてほしかった」

 笑っていてほしい。
 ということは、俺がいない間の4年間は、彼女は笑わなかったということだろう。
 ・・・心からの笑顔。

「本気で僕が取ろうと思ったんだよ、あの時はね。でも、そうしたら香穂さんはもっと笑わなくなる。君じゃないとダメなんだって、誰もがわかっていたんだ。だから、僕なりにお膳立てしたつもりだったんだよ」

「・・・ありがとう、加地」

「だからお礼なんていいから。君と香穂さんが幸せでいてくれたら、それでいい」

 寂しそうに、けれど心からそう言っているとわかる。 だから俺も、心から返そうと思った。

「一曲、聴いてくれないか」

 言葉や、態度や、彼女を欲する気持ち。
 そうしたものを表に出せずにお互い4年間を過ごしてきた。
 足りなさすぎたそれらは、お互いを繋ぎ止めるのに大事なものだったと気がついたのは、再会してからだった。
 きっと香穂子は、言えば足枷になると思っていたんだろう。
 そして俺も、待っていてくれと言えば、香穂子を縛る鎖になる気がしていた
 いつだって自由でいてほしい。
 それが俺が好きになった「日野香穂子」なのだから。
 そんな言い訳をして、喉まで出かけた言葉を無理矢理押し込んで、ウィーンへ発った。
 言葉にしなかったことで、逆にそれが枷になっていたことを。
 お互いに伝えることもできなかった。だから。



 君に、伝えたい。 この音色で。音楽で。 それが俺にできる、精一杯。









ヒトリゴト。(ブログより一部

いつもはお題のタイトルになるシーンを最後に持ってくるように書くことが多いのですが、しょっぱなから書いてみたらどうなるんだろうと思って、書いてみました。

ちょーっと中途半端な感が・・・(いつものこと

結婚式の二次会あたりでの会話、と想定して書きました。

二次会話は過去に書いたものがあったなそういえば。第三者〜の「実は君が好きだったんだ」です。その後の話になるのかな。