| まるで眩しいように目を細めて 笑う僕 |
夏休み。
毎日のように顔を合わせて、俺の自室で練習したり、課題を片付けたり。公園で合奏して通りすがりの人に拍手されたり。街へ出かけてみたり。
そんな毎日を、初めて楽しいと思った。
ただただヴァイオリンを弾いているだけだった今までの夏休みと違って、たくさんの物事に触れた。俺がどんなに練習しても得ることの出来なかった感性が磨かれていくようだった。
「月森くん!」
待ち合わせの場所は、駅前の噴水。
迎えに行くと言ったのに「たまには待ち合わせしよう」という提案に、たまにはそれもいいかもしれないと思い直して、彼女の意見に頷いた。
こうして香穂子を待つ時間というのは、嬉しさや楽しさで胸が躍る。
迎えに行くことも悪くはないが。
「ごめんね、待ったでしょ?」
「いや、大丈夫だ」
噴水前の時計台は待ち合わせ時間を5分程過ぎていた。
行き先を決めずにただ街を歩く。
「あれ、かわいいね」
指さした先にあったのは、カラフルなマグカップ。
そういえば・・・
「母が、君専用のマグカップを買おうと言っていた」
「えええっ?!」
「来客用のカップより、自分のマグカップがあったほうが落ち着くんじゃないかと」
母は香穂子のことを気に入っているらしい。
同じような理由で、俺の自室にはローテーブルとクッションが加わったのだ。
娘ができたみたいで嬉しいと言っていたことはさすがに言えないが。
「こないだテーブルとクッションまで買っていただいたのに・・・」
「いや、気にしないでくれ。母も楽しんでいるようだから」
マグカップをどれにするか促すと、香穂子も思い直したようだった。
「せっかくだから、月森くんとお揃いにしようよ」
「・・・構わない」
恋人同士のようだなと思う自分に、いや恋人同士なんだと言い聞かせる。
俺の、恋人。
「どうしたの、月森くん?」
「いや、なんでもない」
たかがマグカップをお揃いにするというだけで、なぜこんなに嬉しいのだろう。
香穂子が選んだのは、小さくイルカがプリントされたものだった。
俺は青。香穂子はピンク。
使うときが楽しみだねと笑う香穂子に、そうだなと返す。
なんとなくいつも行く楽器店に入る。新譜が出ているか一通り見たあとで振り返ると、展示されているわけではないような、店内の端に置かれている楽器を見ている香穂子がいた。
「どうした?」
彼女が見ていたのは、マリンバだった。
「これ、木琴にしては大きくない?」
「そうだな。これはマリンバというんだ。シロフォンよりは音域が広い」
「マリンバ」
店員が来て、試しにどうぞとマレットを差し出してきた。
「中学校の修理品なんです。もうすぐ取りにいらっしゃるんですよ」
鍵盤が欠けてしまったのを修理に出していて、チェックのために組み立ててあるのだと言う。
珍しいなと思っていたら、やはりそうだったのか。
香穂子が目を輝かせながらぽん、ぽん、と叩いている。
「月森くんも何か弾いてみて?」
キラキラ星を楽しそうに演奏した後で、マレットを渡された。
「俺はいい」
「じゃあ一緒にキラキラ星やろう!」
はい、と強引に押し付けられた。
ため息を一つついて、マリンバの前に立つ。
ふと思い立って調を変えてみる。「うわあ」と香穂子が呟くのが聞こえた。
「すごいね、月森くん!きれいに音が重なったよ!」
「マリンバの音はシロフォンよりも低い。その利を生かすメロディになると、素晴らしいハーモニーになる」
マレットを店員に返して、店を出た。
今度オケ部でやらせてもらおうかなと香穂子が言った。
「色々な楽器に触れることは、君にとっていい刺激になるだろう」
「うん。私、色んな楽器やってみたい」
音楽に対する探究心は、きっと志水くんに負けないかもしれないな。そう言うと「志水くんほど専門知識ないけど」と舌を出した。
「それでも、触りだけでもいいからやってみたいな」
「ああ」
それが君の音楽を更に豊かにしてくれるのなら。
ランチセットをどれにするか、デザートをつけるかどうかで真剣に悩む姿に吹き出した俺を真っ赤になって恥らう。
「君の、好きなように」
「もう、月森くん笑いすぎだよ」
「・・・すまない」
こんな光景はいつものことなのに。
ささやかすぎる出来事さえも、俺には眩しい。
「じゃあ、本日のデザートセットにする」
「そうか」
サーブされるまでの間、香穂子が先ほど買ったマグカップを取り出した。
「お揃いだね」
これを購入する時に考えていたことが浮かぶ。
「ずっと一緒に、これを使っていられたらいいな」
「・・・え?」
気付いただろうか。
俺の言葉の、真意を。
口をぱくぱくしながら香穂子が絶句している。
「俺たちは、・・・その。恋人同士、だろう?こうして同じマグカップもある。あとは」
君の返事で、パズルは埋まる。
未来という名のパズル。
「香穂子。・・・返事は?」
マグカップと俺を交互に見て、何度か唇を開いては閉じた。
「もう一度言おう。香穂子。このマグカップを、ずっと、俺と一緒に使ってくれないか?」
「・・・うん」
小さく、けれど確かに頷いた彼女が、夏の日差しを受けて眩しく映る。
少し目を細めて「ありがとう」と微笑むと、香穂子も嬉しそうに笑った。
ヒトリゴト。(ブログより
ムダに長い気が・・・しないでも。ない・・・orz
マリンバは私がやらせたかっただけです。ここじゃなくても良かったにゃあ・・・あああ