花がほころぶように笑うあなた




 

 日本を離れて1年が過ぎた。
 最初は何もかもが目新しくてあっという間に過ぎていった1年だったけれど、ある程度の時間を過ごせば、この街にもだいぶ慣れてきた。
 ・・・ひとつを除いては。




 空を見上げる。
 雲がゆっくりと立ち止まった俺を追い抜いていく。
 今日もいい天気だねと笑いながら振り返る彼女の残像が、突然現れて消えた。

「香穂子・・・」

 ちょうど今の季節だった。
 桜の香りが冬の眠りについていた草木を呼び起こす、春。
 出会いの予感に胸を膨らませる、どこか浮き足立った季節。
 君を・・・置き去りにした、季節。



 いつもヒマワリのような笑顔で魅了する彼女の存在。
 最初は煩わしささえ感じていたというのに、いつの間にか自分の中で彼女の占める割合が大きくなって。
 気がつけば彼女の隣にずっといたいと・・・香穂子が好きだと、思うようになっていた。
 同じ気持ちだとわかってからは、何をするにも一緒だった。練習をするのも、楽譜を買いに行くのも。
 こうして、彼女の元を離れるまでは。



 留学の話が出た時、俺は迷わずに頷いた。
 香穂子の事を思い出さなかったわけではないが、彼女と歩む未来の為だからこそ、留学することを選んだ。
 その間、どちらかの気持ちが違う人間に向かうかもしれない。
 ソリストになるには遅すぎる程の年齢になっているであろう俺に、プロとしてやっていけるかどうか。・・・彼女と共に生きていけるほどの力を持てるかどうか。
 そんな不安も脳裏を掠めたが、不安に思って立ち止まることはできなかった。
 俺には、前を向いて歩き出すことが相応しいと、そう思えたから。
 今は会えなくて苦しいかもしれない。寂しいかもしれない。
 心が満たされずに、足りないと涙が零れる日もあるだろう。
 けれど、今、この時を乗り越えたら・・・胸を張って君を受け止められる自信がついたら。
 迎えに行く。
 だから、どうか笑っていてくれ。
 俺を今でも想ってくれているのなら。
 その大輪の花を思わせる笑顔で。
 






 笑っていてくれ。

 

 

 

 

2010.3.4UP