振り解けない手

 




「行こう」

  そう言って差し出してしまった手。
  はっと気付いた時には、香穂子の小さな手が乗せられていた。



  どうして手を繋ごうとしたんだろう。



  結果として、今、彼女の手が、自分の手の中にある事実。
  今更振り払うこともできず、屋上のドアまでの僅かな距離。
  ただ黙って階段を上る。



  ドアを開ける為に手を離す。
 後ろで香穂子が「あ・・・」と呟いた。

「どうした?」

  キイイと小さく軋む音を立てながら開かれたドアを背中で支えつつ、月森が振り返った。
  ありがとうと小さく頭を下げて屋上への一歩を踏み出す。春の風はもう初夏のそれに変わっていた。

「月森くんの手」

  先ほどまで月森と繋いでいた手を、ゆっくりと開く。

「冷たいけど、あったかい」

「・・・どういうことだ?」

  うーんとね、と香穂子が首を傾げた。

「冷たいんだけど、・・・あったかいの」

  それがわからないから聞いているんだが。
  こめかみに手を当ててため息をつく月森にあわあわと手を振りながら説明を試みるがうまくいかない。

「触るとね、冷たいんだけど・・・気遣ってくれる手だなあって」

  冷たい、暖かい以外の単語が出てきたことで、月森も少し読めてきた。

「何度も言うが・・・君の指は、ヴァイオリニストの指だろう。力加減はしている」

「うん、それもあるんだろうけど・・・」

  まだ何かあるのかと見下ろすと、しばらく考え込む。

「人に冷たい人だと思ってたんだけど、そうじゃないんだなあって。本当は優しい人なんだよね、月森くんて」

「・・・は?」

  冷たいだとかそういった言葉は言われ慣れているつもりだったが、優しいと言われるとは思わずにいたから、面食らって聞き返す。

「そう、うん。優しい、んだと思う」

「・・・思う、なのか」

「あ、いや、あの、そうじゃなくて!」

「もういい、日野」

  多分それ以上何かを聞いたら、彼女の顔を見られなくなりそうだった。
  自分でも自覚できるほど顔が赤い。想いを寄せる人から「優しい」と言われたことがこんなにも嬉しく、恥ずかしいものとは思わなかった。
  もういい、という言葉を逆に取った香穂子が懸命に言い繕う。その誤解を解くには、自分の気持ちを言わなければならない。しかし彼女を落ち込ませたままにもできずに、どうやって この事態を切り抜けようかしばし考えてみるのだった。















結局、なんで月森が香穂子と手をつなごうとしたのかが解決できてないっていう(汗
そのへんも、どこかで消化できたらいいかなと。

 

 

2010.10.19UP