「・・・・・・だ」

 




  結局どうなんだと周りから聞かれても、答えるつもりなど全くない。
  本人にさえ言うつもりはないのだから。




「・・・で、結局?」

 何度目かわからないため息を大仰にしてみせたところで、目の前にいる報道部の同級生は諦めてくれないことはわかっている。が、ため息をつかずにはいられない。

「そんな下らない質問に答えている暇はない。失礼する」

「日野ちゃんのことを思うなら、言うべきだと思うけど」

「・・・・・・」

 彼女のずるい所は「取材」と「友人」を使い分けることだ。友人として見聞きした事は新聞に載せることをしないからある程度の信頼はしているけれども。
 こうやって一瞬にして「取材」から「友人」に戻られては、月森に敵う術などありはしない。
 でも。

「俺が彼女のことをどう思っているかなど、第三者である君に言う必要はない」

 抗いたくなるのだ。

 素直に自分の気持ちを吐き出すことができないことを加味しても、すんなりと白状したくない。・・・する気もないが。

「彼女の事を好きだと認めるにしろ、認めないにしろ、君はそれを知ってどうする?」

 もちろん、と天羽が胸をどんと叩く。

「人の恋路は応援しなくちゃ!」

 結局は野次馬根性なんだなと半ば呆れていると「・・・呆れてるでしょ」ときた。わかっているなら話は早い。

「どちらにせよ、俺は君に教えるつもりなどない」

 踵を返そうとしたときだった。



「昔むかし、それはそれはヴァイオリンの上手な少年がいました。その男の子には好きな女の子がいました。女の子は、男の子が奏でるヴァイオリンが大好きで、女の子も頑張ってヴァイオリンを弾く決心をしました。けれど」

 月森が立ち去らないのをいいことに、天羽は淡々と続ける。どこか遠い御伽噺のように。

「女の子は、気付いてしまったのです。私が弾くヴァイオリンの音は、誰を想って奏でられるものなのか。男の子も気付き始めていました。でもお互いに知らないフリをし続けていたのです。そんな」

「やめてくれ・・・」

「・・・そんなある日のことです。女の子の友達が男の子に言いました。『あの音色は誰のもの?』と。男の子はその場から逃げ出してしまいました」

「逃げてなど・・・」

「男の子は臆病なのです。怖いことには目をつぶって、なかったことにしたいのです。そうして逃げて逃げて・・・」

「逃げてなどいない・・・!」

 月森の叫びなど聞こえないかのように、天羽は話をやめない。

「逃げて、逃げて、逃げ続けて。男の子はようやく気がつきました」

「・・・・・・・・・・・・」

「もう女の子に会えないほど、自分が遠くまできてしまったことを」

 月森が手で顔を覆う。
 誰にもこの想いを打ち明けぬまま、自分は確かに彼女から遠ざかろうと思ってさえいた。校舎は違えど同じ学校に通う以上、コンクールが終わっても顔を合わせることは多少なりともあるだろう。挨拶程度はしても、それ以上近づくまいと。



「後悔してからじゃ、遅いんだからね」

 いつになく真剣な眼差しで、天羽がこちらを見ていた。

「・・・そうなったら、間に合わないんだよ・・・!」

 天羽にもそんな経験があるのかもしれないと思うほど、その言葉は迫るものがあった。





 一人、屋上でヴァイオリンを弾いていた。
 春とはいえ、夕方になるとまだ肌寒い。誰もいない屋上で、無心に奏でている。

(・・・お互いに、気付いていたとしても)

 弾きながら、月森は思った。

(コンクールが終わるまでは)

 そう。
 コンクールが終わるまでは言わない。
 お互いの気持ちに気付いていても。



 弓を下ろす。
 全ての音が空へ混じって消える頃。
 ぽつりと呟いた。

「香穂子。君が・・・・・・だ」

 その言葉をさらりと吹いた風が拾い上げて、どこかへ飛んでいくのを、ぼんやりと見つめていた。

 

 

 

 

2010.10.30UP