名前でなんて呼べる訳がない

 




「は?」

 今までで一番素っ頓狂な声を聞いたな、なんて呑気に思ってみる。

 案の定眉をひそめて軽く睨まれた。

「あーいや、すまん。つい」

 楽しくて、なんて言わないが。

「で、どうなの?」

「君に答える必要はないと思うが」

「うんまあそうなんだけど」

 つまりは単純な疑問だっただけで。

 そう言うと「なら答える必要はないわけだな」と腕を組んだ。

「でも答えたって損はないんじゃないか?」

「答えたくない」

 結局はそれが本音なんだろうとニヤリと笑う。わざとらしい大きなため息をついてみせた月森が「失礼する」と席を立った。

「なあ月森」

 せめてもの、小さなお節介のつもりで。

 鷹野が手招きした。


「言ってみろよ。向こうだってそれを望んでるかもしれないぜ?」

 月森の顔が赤くなった気がした。

「苗字じゃなくて名前で呼ぶのって、結構大事だと思うけど」

「・・・がない・・・」

 え?と聞き返すと「できるわけがない」ときた。

「・・・失礼する」

 放課後のザワザワした人ごみの中を縫うように月森が歩き出した。

 性懲りもなく追いかける。

「また君か。もういいだろう」

「いやよくない。一友人として、君の恋路を応援したいんだ」

「・・・!」

 物凄い勢いで月森が振り返った。そんな瞬発力も初めて見たなとまた呑気に思ってみたり。

「彼女を名前でなんて呼べるわけないだろう!」

 小さく、けれどそれなりの威力を持った・・・つまりは怒っている・・・表情にも臆さず、俺は首を振った。

「まあものは試しにさ。やってみたら?」

 ほら、と俺が指差した先に、その「彼女」がいた。


「じゃあな、月森」

 また明日、と肩を軽く叩く。真っ赤になった顔で睨んだって怖くないんだよ。

 カバンを取りに戻りながら、不器用な友人の恋路を思う。

 ヴァイオリン・ロマンスとか言われてるけど、そんなのはどうでもいい。

 人と話すことに過ぎるほど不器用なクラスメイトが、おそらく初めて本気で好きになったであろう恋の行方を、幸せなものにしてほしいから。

 そのステップアップのひとつとして「名前で呼んでみろよ」というアドバイスだったのだ。


 数日後。

 登校途中で、月森が前を歩いていた。その前には噂の「日野香穂子」。

 月森に挨拶しようと少し早足で歩き、追いつく辺りで月森も日野に追いついた。

「香・・・日野」

 おはよう、と。

 並んで歩く二人に、俺は完全に話しかけるタイミングを失った。

 微妙な距離から少しずつ離れていきながら。

 俺はニヤニヤ笑ってしまう頬を止めることができなかった。


「もうちょっとじゃんか。頑張れよ、月森」









ヒトリゴト。(ブログより


鷹野くんサイドです。

「香穂子」って呼べるようになるまでに、物凄い恥ずかしさと戦ってほしいという私個人的なシュミ(笑)。

 

 

 

2010.10.2UP