口癖は『何でもない』

 




 

 時々、というより、かなり頻繁に、月森が自分を見ている気がする。

「何?私の顔に何かついてる?」

「何でもない」

 というやりとりが繰り返されること数回。ここ数日最も多くなった会話パターン。
 はっきり言ってくれればいいのに、いつも「何でもない」で終わってしまう。
 恋する少女としては、物言いたげに見つめられるのは気になるものだ。直せるものならば直したいのだが。





「いや、何でもない」

 まただ。
 どうして教えてくれないのだろうか。これでは疑問を通り越して不安になってくる。

「月森くん」

 どうした?と視線が問う。その瞳を見上げた。

「最近、何でもない、って口癖だよね。私が聞いても何でもない、って。それって逆に不安になるよ」

「・・・すまなかった」

「謝ってほしいわけじゃないんだよ。私の顔に何かついてるのなら言って?おかしいところでもあった?」

「いや、そうじゃないんだ」

 言葉を捜すように逡巡し、真っ直ぐに前を見ながらポツポツと言葉を紡いだ。

「君を見ていたのは、実感していたんだ。俺は、本当に君を手に入れたんだなと。夢で何度も君を失う夢を見た。走っても走っても追いつけずに、やが て・・・光の向こうへと消えていってしまうんだ。俺はその光の中に入ることを許されずに、まっ逆さまに落ちていく。それで目が覚める」

 香穂子は黙っている。

「そんな夢を何度も見ていたから、本当に今、君が俺の隣をこうして歩いているということが・・・その」

「・・・なに?」

 口元に手を当てて、言いづらそうに、けれどはっきりと「嬉しいと思う」と告げた。

「だから見つめてしまうんだ。夢じゃないのだと」

「ほっぺたつねってあげようか?」

「え」

「私は、月森くんの隣にいるよ。誰に何を言われても、私がそうしたいから。月森くんが私をいらなくなるその時まで、ずっといるよ」

 香穂子、と声にならない声で月森が呟いた。


 
「ありがとう、香穂子」

 

 

 

 

 

2010.12.7UP