無責任に頷けやしないよ

 




 

 もぐもぐとパンを頬張る香穂子に、天羽が目を眇めてため息をついた。

「アンタはいいわねえ、幸せそうで」

「・・・どうしたの、急に?」

 いつもは月森と食べる昼食だが、今朝ばったり出会った正門前で「お昼に借りていい?」と月森の了承をもらってしまったおかげで、今日は香穂子と天羽、冬海と何故か森までが加わったランチと相成っている。
 カフェテリアでは賑やかすぎるから嫌だと天羽が言い、結局森の広場の片隅で弁当を広げている。
 他愛もない会話に一区切りがついた頃、天羽が突然言い出して、話は冒頭に戻る。



「毎日カレシと一緒に登下校して、練習も一緒。お昼ごはんも一緒。休日も一緒なんでしょ?毎日幸せそうでいいわよねえ」

「その点については反論するとこないから確かに幸せだけど」

 即答した香穂子に「その点?」と冬海が首を傾げた。

「私もちょっと気になったかな。他の点では何か気になるところでもあるの?」

「勉強にヴァイオリンに、・・・今一番何に頭を悩ませるかって、進路だよ」

 ああ、と天羽と森が頷いた。

「進路調査票でしょ?今日締め切りじゃなかった?まだ出してないの?」

 パンにかじりついたまま上目遣いに天羽を見るその視線が返事。あっちゃー、と天羽がため息をついた。

「どうすんの?音楽科に転科って話もまだ残ってるんでしょ?」

 春に行われた学内コンクールが終わった後、担任と金澤から正式な打診があった。でも香穂子は断ったのだ。
 月森にも何度となく言われたが、まだ音楽科に転科できるほどのレベルでもないし、コンクール中に散々されてきた嫌がらせを忘れたわけじゃない。嫌がらせ 自体はどうということもないが、それが月森に及ぶのが安易に想像できてしまうから嫌だったのだ。・・・きっと「そんなことは気にするな」と言っただろうけ れど。

「一応、内部の大学とは思ってるけど。どこの学部かまでは考えてなくて」

 調査票を出していないのはお前だけだと今朝担任に呼ばれたのだ。放課後までに出さなかったらまた呼ばれることになっている。

「放課後、って・・・もうお昼だよ?!」

「うん・・・」

 放課後、担任に呼ばれれば、ヴァイオリンの練習時間が減る。そうすれば月森と過ごす時間も減る。

「・・・どうするの?」

 心配そうに森が尋ねても「うん・・・」としか返事のしようがない。
 今の状態で放課後にまた呼び出されても、事態は変わらないだろう。だから月森とではなく、このメンバーでお昼ご飯を食べることになったのは、ある意味 ラッキーだったのかもしれない。・・・月森からは「国内なら内部の音楽部、国外へ留学という方法もある」とあくまで音楽の道を勧めるからだ。音楽の道を志 して欲しいという気持ちからだとわかっているだけに、音楽の道で生きていくつもりはないと強く言えない。だからいつまでもこの件に関しては平行線のまま だった。



「あ」

 天羽と森が同時に声に出した。
 あまりにも揃いすぎて、間に挟まれていた冬海がキョトンと二人を交互に見やってしまったほどだった。

「あるじゃないの、もう一つ」

「これも大事な『進路』よね」

 ねー、と語尾にハートマークでもついてそうな勢いで、二人が顔を見合わせる。間に挟まれた冬海が訳がわからずにオロオロするのを「かーわいいなあ冬海ちゃん!」とかいぐりされた。

「もう一つの進路って?」

「よ・め」

 森が・・・こちらには確実に語尾にハートマークがついたと全員が思った・・・片目をつぶった。
 頭の中で漢字に変換する作業を要すること数秒。





「嫁〜〜〜っ?!」





 それって進路?!進路なの?!
 香穂子が頭を抱えて盛大に唸っているのを、天羽と森は爆笑し、冬海は「あの、・・・あの・・・」とオロオロするばかりだ。

「ということでカレシくん。そっちも候補に入れるように言っといてよ」

 頭を抱えている香穂子の頭上に向かって、天羽が言った。
 え、と振り返ると、何故か顔を赤くした月森が立っていたのだった。隣には加地と土浦まで。

「え、つ、つつつつ月森くん?!」

「天羽さんに呼び出された」

 カフェテリアで会った普通科の二人と一緒に昼ごはんを食べることになり、その最中に天羽からメールがきたのだと加地が言った。

「お嫁さんかあ。そう書くのはきっと日野さんくらいだよ。いいじゃない、それも立派な『進路』だと思うよ?」

 ねえ土浦?と同意を求められた本人は嫌そうに顔を背けた。

「ほら、加地くんだってこう言ってることだし。ということで宜しくね、月森くん!」

「・・・何故そこで俺なんだ」

 赤みが抜けない顔で睨んだって怖くもないもんね。
 ふふんと天羽が得意げに笑った。

「ヴァイオリン・ロマンスで結ばれた赤い糸は、高校卒業までってわけでもないんでしょ?ずっとずっと結ばれたままなんだったらさ、いっそのこと結婚しちゃえばいいじゃない」

「月森くん的にはどうなの?」

 黙って静観していた森が口を開く。2年間同じクラスだが、森がこういった話題に食いつく性格だとはついぞ知らなかったと月森は内心ため息をついた。

「俺が香穂子に結婚を申し込むかどうかなんて、君たちには関係ないことだ」

 香穂子、行こう。
 練習室を予約した時間をとうに過ぎている。このままではヴァイオリンに触ることもなく昼休みが終わってしまう。
 背を向けて歩き出した月森を「待って月森くん!」と小走りで追う香穂子。
 その場に残されたメンバー全員で顔を見合わせて、冬海を除いて同時にため息をついた。

「亭主関白とみた」

「そこか!」

「いやいや実は尻に敷かれるタイプかも」

「・・・それはなさそうな気がします・・・」

「結局ここにいる皆は、あの二人は結婚すると思っているということだね」

 加地がにっこりと笑った。





「月森くん」

 結局ヴァイオリンを取り出す時間もなく、しかし微妙に時間があるからと月森が弾くピアノを聴きながら、香穂子が呟いた。

「さっきの、気にしないでね」

 ピアノの音がぷつりと途切れる。話しかけてしまったからかと覗き込むと、先ほどよりも赤い顔を手で隠そうとしているところだった。

「・・・しいと思う」

「え?」

 呟きを拾いきれずに聞き返すと「嬉しいと、思ったんだ」と先ほどより少しはっきりとした返答が返ってきた。

「君が、・・・その。そういうことを視野に入れておいてくれたら、嬉しいと」

「つまり・・・」

 将来的には結婚して欲しいと言われていることに気付くなり、今度は香穂子が真っ赤になる番だった。

「え、い、いいの?」

 調査票に書いちゃうよ?と冗談交じりに言ったのは、この空気を払拭したいから。
 なのに月森はあっさりと「ああ」と頷いたのだ。

「今はまだ、大人の庇護が必要だから絶対にとは頷けないが。それでも俺は、将来君とそうなれたらいいと思っている」

 素直に頷いてくれないあたりが月森らしいなとどこかで冷静に考えつつも、香穂子が「・・・わかった」と頷いた。

「放課後、先生に呼ばれてるから遅くなっちゃうけど。調査票に書くかは、午後の授業で考える」

 ああ、と月森が返事をしようとしたところで予鈴が鳴り響いた。

「ああっ、次の授業移動教室だった!ごめんね月森くん、先に行くね!」

 また後で!と慌しく香穂子が練習室を出て行った。





 放課後。
 職員室に呼び出された香穂子が進路調査票に「嫁」と正直に書いたかどうかは、香穂子と担任しか知らない。













ヒトリゴト。(ブログより


書いてるといいと思います(笑
嫁、っていうストレートな言い方じゃなくて「結婚」とか「永久就職」とか?
このテのお話は今までにも書いてるのでちょっとどうしようかネタを練り直してみたりもしたのですが、今の私の脳内ではやっぱりこうなってしまいました。
2年生ズが出てくると楽しい!

 2011.2.15UP