白い闇の向こうへ

 




 今まで、自分のしてきたことは何だったんだろうと思う。
 ただひたすらに、ひたすらに、ヴァイオリンを弾き続けて、色々なものを失ってきた。
 そんなことすら自覚することなく、ヴァイオリンを弾いていた。
 音楽のない生活。自分。想像できなかった。
 でも時々、考える。
 彼女に出会ってから。


 君に聴いてほしい。

 その一言を言うのにこんなに緊張し、不安になるとは思わなかった。
 香穂子が見つめるその視線に耐え切れずに、気まずく逸らす。
 しばらく何かを考えるような沈黙の後「必ず行くね」と言ってくれたその気持ちが嬉しかった。


 ヴァイオリンと向き合ってきた十数年。
 このステージほど色々な想いを抱えながら立ったことはない。
 両親への想い。香穂子への想い。
 月森が自分自身に対して思うこと。
 今までは楽曲に集中して、雑念を振り払ってきたけれど、こんな感情的な思いでステージに向かうことも、香穂子のおかげなのかもしれなかった。


 係員の合図でステージへの一歩を踏み出す。
 自分で作り上げた壁を、自分で壊すために。


 これまでの自分自身を色で例えるならば「モノトーン」だろうか。
 色のない世界で、自分が一生懸命に作り上げた壁の中に閉じこもって。
 その壁の向こうには自分の求める音楽があるとどこかで知っていたのに、越えることが怖かった。
 近づきたくもなかった。目を背けて、逃げ続けて。
 今こうしてもがき苦しんでいることを、香穂子自身は知っているのだろうか。
 
 降り続く雨。雨。雨。
 けれど、止まない雨はない。
 ずっと暗闇の中をさまよっていた月森に、突然に差し伸べられた手。
 引っ張りあげられた先に待っていたものは。

 (白い闇)

 大勢いる観客に対してではない、香穂子ただ一人の為に弾くこの音楽を。
 彼女が受け止めてくれたなら。

 (俺は、その闇の向こうへと抜けられる)



 雨が止む。
 ヴァイオリンを下ろした月森に、賞賛の拍手が降り注ぐ。
 けれどそれは、今の月森には聞こえなかった。

 (君からだけだ)

 スポットライトのせいで客席が見えない。
 けれど、香穂子が見ていてくれるから。
 一観客としての拍手でも、今の月森には大きな拍手に思えた。


 技術も、表現力も、まだまだだと思う。
 でもこの先、自分が奏でる先に彼女がいてくれたら、それでいい。
 
 それだけで、構わない。

















ヒトリゴト。(ブログより


珍しく書いては消し・・・で生まれたお話。
ちょっと消化不良気味・・・(またかいな
アニメのお話が元になっています。
もうひとつ書きたいお話があるのですが・・・もうちょっとネタを練ろう。

2010.11.7UP