君の声に恋してる




 

「つっきもーりくんっ!」
 またか。
 内心うんざりとした気持ちで振り返った。
「・・・あれ」
 物凄く怖い顔で振り向いた月森に、香穂子が立ち止まった。
「何かあった?」
「・・・君か」
 香穂子と知るや途端にほっとした表情になって、組んでいた腕を下ろした。
「最近、よく話しかけられるんだが、迷惑していたんだ」
「へえ・・・」
 頑張ってねとか自分を応援してくれるものならばまだいい。
 何が面白いのかわからないが「月森くん」と呼びかけて、振り向くと逃げていってしまうのだ。きゃあきゃあ笑いながら。
「一人でいる時に限って、そうなんだ。だからまたかと思ってしまって・・・」
「呼ぶだけ呼んで何も言わないって、腹立つよねー」
 うんうんわかるよと頷いて、香穂子がにっこり笑った。
「でもさ、そうやって話しかけられるようになったんだから、もう少しじゃない?」
「もう少し?」
「前は怖くて話しかけられなかったんでしょ、その人たち。自分が呼んで好きな人が振り向いてくれるって、ちょっと嬉しいんだよ」
 ・・・今の台詞について突っ込みたい所が山のようにある。しかしいちいち言うのも面倒で、思わずため息をついてしまった。
「嫌だと思うけど、しばらくの辛抱だよ」
 勘違いした香穂子に「いや、違う」と否定して。
 まあいいのかもしれないと思い直す。

 自分もそうだ。
 日野、と呼んで彼女が振り返るのが嬉しい。
 そういうことなんだろうなと思えば、多少我慢もしてやろう。
 あまり頻繁すぎるなら、その時に対処を考えればいい。
 
「私ね、月森くんの声、好きなんだー」
「え?」
「月森くんの声で、日野、って呼ばれるの、好き」
「・・・・・・」
 何だかいらない勘違いをしそうになる。
 自分の「声」が好きだと言っているその意味を、深く取ってしまいそうで。
「すごく優しい感じがするんだよ?」
 それはそうだろう。
 好きな人を呼ぶその声が、優しくないわけがない。
 ・・・こんな性格の自分でさえ。

「・・・日野」
 うん?とにこにこしながら香穂子が見上げた。
「ありがとう」
「え?ええーっと・・・」
 何故お礼を言われるのかわからないという顔で考え込む香穂子に「いいんだ」と言った。
「俺が言いたかっただけだから。・・・ありがとう、日野」
「わかんないけど、どういたしまして」
 少し顔を赤らめて、日野が笑う。
 そうやって笑ってくれるから、何度でも呼びたくなる。


「日野。良ければ、今日・・・一緒に帰らないか?」


 うん!と大きく頷いて、香穂子が「じゃあ後でね」と走り出す。
 そういえば何か用事があって話しかけたんじゃなかったのかと言おうとした言葉は届かなかった。
 後で聞いてみればいい。
 またあの声で「月森くん」と呼んでもらえることに嬉しさを感じながら、月森は歩き出した。






2012.11.23UP